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第19話 許嫁と期末テスト

「八幡、まさかお前が本当に赤点を回避するとは……」


 結愛とリビングで勉強を共にする様になってから数日が経ち、いよいよテストの日はやってきた。

 正直、赤点は余裕で回避出来たと思った。

 テスト前に分からない所もほとんどなかったし、何よりいつもはない手応えすらあったから。


 テスト中も難しい問題もあったが、結愛に教わったのを思い出したりした。


 だから今までよりは良い点数だと思ったが、流石に想像もしていなかった。まさかクラス一位の点数だとは。



「しかも点数はクラス一位だ」


 俺の補習を担当した先生は、驚いたような嬉しそうな、そんな顔で俺に答案を返した。

 書かれた点数は100点満点中の86点と、ずば抜けて高くはない微妙な数字だ。でも今回はいつもよりも難しかったらしいので、90には満ちたものの、クラスでは俺が最高点だった。


 平均は50点前後なので、そう考えると俺の点数はそれなりに高いのかもしれない。



「だが80点台のやつはまだいるから、僅差で一位だ。それでもよく勉強したな」

「えぇまあ……。もう補習受けたくないですし」

「何だ彼女でも出来たのか?それで俺の補習から逃れようってか?」

「違いますよ。ただ面倒なだけです」

「クールぶってんな」


 ニヤニヤとしながら俺の顔を見てくる英語教師。その表情には、素直に褒める気持ちと、同じような点数のやつはいるから次も頑張れと、二つの意味が込められていた。



「ま、他のクラスには100点のやつもいるから、次はそいつも越せるように頑張れよ!」

「…………気が向いたら」


 俺はそう返したら、喜びを噛み締めながら自分の席に戻る。そして、その100点の人物が誰なのかは、言わずとも分かった。

 おそらくあの人だろうと。



「白咲さん、英語のテスト何点だった?」


 家に帰ってからリビングに居座れば、後から帰ってきた結愛もリビングまでやってくる。ここ1週間は2人ともほとんどここで勉強会していたので、帰宅したらリビングに立ち寄るのは習慣化しつつあった。


 人は習慣化するのに最低でも3週間かかると言われているが、俺は1週間だけでも気がつけば出向いていた。



「英語のテストですか?」

「そうそう」


 結愛もここに来るのが日課になったのか、特に顔色も変えずにソファまで来る。



「100点でした」


 ろくに喜びもせずに平然と述べる結愛は、その凄さがよく分かってない気がした。正確には前までは分かってはいたが、いつからか気にしなくなった、そんな雰囲気があった。



「…………じゃあ他のテストは?」

「他はもう一つだけ100点があって、あとは90前後でした」


 他のテストもさほど変わらないような点数で、流石といわざるを得なかった。そうは言っても、俺の点数も結愛に少し劣りはするものの、それなりに高かった。



「八幡さんは、どうだったんですか?」


 一緒に勉強をして、人に教えた立場の結愛からすれば、やはり俺の点数は気になるようだった。



「一応言っとくけど、別にずば抜けて高いわけじゃないぞ?」

「点数も大切ですけど、そこまでの過程の方が大切です」


 俺は結愛に点数を話すのを一瞬躊躇った。自分のなりに努力した成果を報告するのが、照れくさかったから。


 でもすぐに話すことにした。誰だって今の結愛の表情を見れば躊躇いなんて消え去るだろう。自分のことよりも他人のことを考えて期待している、そんな瞳を見れば。


 

「…………86点だよ」

 

 隣に座る結愛と目と目を合わせたら、俺は一間置いて点数を述べた。話終わっても目はまだ合ったままで、俺は気まずくなって少し逸らした。



「高いじゃないですか!」


 点数を聞いた結愛は、自分の点数を話す時とは桁違いのテンションで返事をする。



「私てっきり、八幡さんが辛気臭い顔をしてるから赤点取ったのかと思いました」

「取るわけないだろ。あんなに一生懸命教えてくれたんだから」


 確かに今の話し方だと赤点を取ったと勘違いされてもおかしくなかった。自分自身、それくらい神妙な空気感を演じていた。



「そうですか。良かったです……」


 結愛が素直に褒めるのだから、俺としては何とも照れくさい。



「最初からそう言ってくださいよ。びっくりしました」

「いや、恥ずかしいじゃん?白咲さんよりも低い点数を自慢げに話すのは……」

「ふふふ。八幡さんって、意外と可愛い事言うんですね」

「…………馬鹿にするな。俺はそれくらい嬉しかったんだからよ」


 結愛は俺のことを可笑しそうに笑っているが、冗談なんて一切言ったつもりはない。自分が今まで取ったことのない点数だからこそ、嬉しく感じるし、報告するのがむず痒いのだ。

 


「そういうのを気にしてるの、多分八幡さんくらいですよ?」

「皆んな気にするだろ、」

「そうだとしても素直に喜ぶべきですよ。その方が教えた側は嬉しいです」

「そうなのか、?」

「はい」


 また結愛と目が合うが、今度は逸らさずに真っ直ぐ見つめる。

 素直に喜ぶべき。結愛からそう言われても、いまいちピンと来なかった。


 これまでそういう感情は表に出さないようにしていたし、出そうとも思わなくなった。もし出そうになっても、その都度俺の中では葛藤が生まれて、自分が楽しいと感じる方を避けてきたから。


 しかしここ数日、結愛との接点が増えれば、不思議と喜びを感じることが増えてきた。そして結愛と接している時は、何も考えずに全て忘れて素で感情を表に出すことが出来た。


 何も考えずに忘れていられるからこそ、感情を出せと言われても頭の中にピンと来なかった。



「…………白咲さんありがと。お陰で良い点数取れた」


 最終的に、俺は感謝を述べていた。まず何よりも先に感謝を述べるべきだと思ったし、着飾った都合の良い言葉は浮かんでこなかった。


 そこに変な私情は微塵もない。



「それは感謝ですよ?もちろん嬉しいですけど、喜びの感情じゃないです」

「俺の喜びは、白咲さんに勉強を教えてもらったことだから」

「そ、そうですか……」


 瞳を見て結愛に言葉を発すれば、結愛の頬は少しずつ色付いていった。


「いや待て誤解だ。何というか、喜びを分かち合いたかっただけだ、」

「でっ、ですよね!」


 よくよく振り返れば、今の発言は下心丸出しのクソ野郎と捉えられる。俺は結愛も他と変わらない1人の少女だと思ってるので、顔が良いからお近づきになりたいとは思っていない。


 思っていなくとも、許嫁なのだが。



「でももう終わりですか……。一緒に勉強するのも、、」


 2人でしばらく静かな空気を過ごせば、結愛はボソッと言葉を溢した。結愛は前にも同じような経験をしたことがあるのか、柔らかく微笑んでいた。

 


「…………何言ってんだよ。白咲さんは俺が勉強で誇れるようになるまで教えてくれるんだろ?俺まだ全然誇れてない。てか負けて悔しい」


 念のために言っておくが、そう先に提案してきたのは結愛の方だ。俺から提案したわけじゃない。

そしてその提案を受けたのは俺なので、勉強面で誇れるようになったと嘘をつくわけにはいかない。



「…………仕方ないですね。言い出したのは私ですから、責任持たないとです」


 そう言った結愛の表情には、先程とは別の意味が含まれていそうな笑みが浮かんでいた。

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