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異界のストーリーテラー  作者: バルバダイン
第二部 「ラトロード領の日々」
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第五十九話 「殴り合ったらマブダチ」

 全力で地を蹴り、一歩で絶対の間合いへ踏み込む。


 電力を解放した霧断丸(キリタチマル)は文字通り爆発的な威力で鞘から射ち出される。


「ぐうっ」


 強化した筋力でもその勢いを握って制御するのはキツいが、どうにか直線運動を円弧の軌道に修正し、そこに膂力を上乗せする。(物体(ザ・シング)に魔術霧散を食らうので加速(アクセル)筋肥大(バルクアップ)は随時リキャストしなきゃならないのが超面倒臭い)


 全速の踏み込みから放つ斬撃の切っ先は音速を遥かに超え、衝撃波とソニックブームを起こす。


 さながら爆発音に似たソニックブームを伴い放たれた斬撃はまっすぐダルタイシュの正中線に向かう。


 そう、あまりにもまっすぐに。


 キィン。


 全力すぎて小細工できない神速の一撃はダルタイシュにとっては難なく弾ける児戯でしかない。


 霧断丸(キリタチマル)は軽々と空中へ舞い上がり、クルクルと回転する。


 あまりにもあっけなく。


 ダルタイシュは虚を突かれたように目を見開き、思わず霧断丸(キリタチマル)の行方を追った。


 おそらくダルタイシュの受けた衝撃は全力の攻撃を受けたとは信じがたい軽さだっただろう。


 僕はインパクトの瞬間、握りから手を離したのだ。


 防御に差し出された物体(ザ・シング)に当たった霧断丸(キリタチマル)は当然空中にはね上げられる。


 僕は一歩踏み込んで左拳を固めた。


 ダルタイシュが放心したのは、ほんの刹那の間。


 すぐに僕を見てちょっと笑うと僕に倍する速さで左拳を握り、僕の顔面に叩きつけてきた。


 いやお前ホント完全に殺しに来てるよね。


 ただ、


 殺気はないんだ。


 だから僕だって十全に動ける。


 メニヒみたいな嵐のような殺気をぶつけられたらいかんせんすくんでしまう。


 この立ち合いはコイツにとってはお遊びだ。


 ただし、本気の、と注釈はつくのだけれど。


 遊びなのに殺人的威力の打ち下ろしは僕には想定内だった。


 こんな筋肉ダルマをエルフが叩いてもそうそうダメージは通らない。


 だからこそ


 皮膚を焦がす一撃をなんとかヘッドスリップでかわす。


 かわせたのはダルタイシュの虚をつけたおかげなのか。


 そこからさらにもう一歩近距離(クロスレンジ)へ。


 踏み込んだ脚を軸に、蹴り脚を思い切り蹴って回転させる。


 低空から伸び上がる膝のバネ、全身の力を螺旋状に集約する。


 身体ごと叩きつけるような渾身の打撃。


 肝臓打ち(レバーブロー)


 みぞおちから右脇腹の中間点ほど、肋骨の下限へ打ち込むそのパンチは、人体の重要臓器の一つである肝臓に対し直接衝撃を加えることによって『内臓をわしづかみにされたような』痛みを感じるそうだ。


 冷や汗が止まらず気力をごっそりもっていかれる、とも聞く。


「ごええっ!」


 ダルタイシュは果たしてそのような苦悶の叫びをあげ、動きを止めた。


 追撃。


 右拳を思い切りひねってためる(・・・)


 矢をつがえて弓を引き絞るように、超大振りのテイクバック。


 肝臓打ち(レバーブロー)の打ち終わりで、右手側に乗った重心を逆回転のモーメントで返す。


 同時にためた右拳をストレートの軌道で打ち出し、インパクトの瞬間に限界までねじり込む。


 チャールズ・キッド・マッコイが開発したとされるコークスクリューブロー。


 最も科学的なパンチともいわれる一撃を打つ先は心臓。


 通称ハートブレイクショットと言われる。


 強烈な打撃によって、心臓が一時的多血状態になって…と言われる場合もあるが、個人的には胸部への衝撃により横隔膜がパニックを起こし、呼吸不全になるのではと推測している。


「がああっ!」


 うんうん、ダルタイシュもいい声を出してくれている。


 おそらくは未知の衝撃。


 身体がそのダメージへの予備知識がないということは、心構えというか抵抗ができない。


 そうして作り出した隙は、この極限状態の中で引き延ばされた時間の流れにおいては充分すぎるものだった。


 返しの左。


 狙いは一点。


 僕の水平フックは正確にダルタイシュの顎先を打ち抜いた。


 高速で頭を揺らされ、頭蓋の中で柔らかい脳はその速度についてゆけず、何度も外壁に衝突する。


 意識と身体の連絡を強制的に断ち切る。


 こうして電磁刀(レールガン)を見せ技に使っての、異世界では未知の格闘技術『ボクシング』による、カウンターからアウトサイドトリプルコンビネーションは見事に決まった。


 これで立っていられるヤツはいない。


 ダルタイシュは明らかに目の光を失い、物体(ザ・シング)を取り落とすと、ゆっくりと膝を折った。


 しかしこっちも素手(ベアナックル)で打ったせいで、完全に拳を痛めた。


 ヒビまでは入ってなさそうだけど、これはしばらく痛みそうだ。


 書類仕事はサラにブン投げるしかないな。




 ガチン!


 急に耳慣れない音がした。


 まさかダルタイシュが何か?


 見ると目は焦点を結んでおらず、崩れそうな体勢のままだったが、膝を屈することに無意識のまま抵抗しているかのようだった。


 いやどんだけ負けず嫌いなんだよ。


 音はなんとダルタイシュが歯を食いしばった音だったのだ。


 僕は呆れのあまりその様をポカンと見てしまった。


 ほんの一瞬。


 その間にダルタイシュの姿はブレたように消えた。


「ごええっ」


 およそ自分のものとは思えないうめき声を発していた。


 何だ?何がどうなった?


 あ、目の前にダルタイシュのどアップがある。


 褐色、マッチョなのにちゃんとパーツも割と悪くないなあ。


 ん?僕は何考えてんだ?


 なんか急速に意識が遠のいていく。


 そうか。ダルタイシュに首絞められてガッチリ決まってんだ。


 なんとか手を引きはがそうとするも、パワー差がありすぎて空しくひっかくにとどまった。


 ああ、もう無理。


 無理ですー・・・






「いやー!ホントすまん!このとおり!」


 目が覚めて初めに見えたのは、綺麗なジャパニーズ土下座をするダルタイシュだった。


 ん?なんでこうなったんだっけ?


 一瞬錯乱するも、仕合のはずが案の定お互いエキサイトして何故か徒手格闘に発展して、首極められて呆気なく気絶したのを思い出した。


「いえいえお気になさらずに。立ち会って綺麗に終わる方が珍しいでしょう。互いに五体満足で仕舞えたならよしとしようではありませんか」


「そう言って貰うと助かるぜ。久々に熱くなれる相手でムキになっちまった。完敗だ」


 え?それはマズい。


 十王国世界史上、地上最強の称号が僕になってしまうじゃんかよー!


「いえいえ、私は気を失ってしまったので陛下の勝利です」


「いーや!先に正気失くしてんのはこっちだ。俺の負けだ」


「いや、戦は最後に立っていた者こそ勝利者です。陛下のお力、誠に感服致しました」


「いや…」


「どちらでも構わないでしょう。敢えて言うなら双方負けです」


 不毛な言い合いにツッコミをくれたのは王弟ティルクークさんだった。


 「メルレン様の見たことのない技の冴え、兄上の追い詰められてからの生と勝利への執着、いずれも見事でした。これにて遊戯は幕引きです」


 うわあ強引に締めた。


 割と怖いな普段から。


「そうだそれそれ!あのケンカ技だよ!あんなの初めて見たぜ!アレ教えてくれよ!」


「兄上…?」


「いいじゃねえかよ、なあメルレン?」


 ダルタイシュが一枚上手、というか言っても無駄か。


「構いませんよ。きっと剣を帯びていない時の護身に役立つでしょう」


「そうだ、護身だ」


 いやアンタに護身術絶対必要ないけどね。




 結局その後サラから聞いた話によると、バーサーカー状態になったダルタイシュを数人がかりで止めようとしたがなかなか止まらず、ダナード、サハのパワーコンビがしがみつき、ウェズレイが皆殺し(エクスターミネーター)(の柄の方)でダルタイシュの後頭部をフルスイングして昏倒させたらしい。


 いや、死ぬよ?


 その後はさすがに緊迫したこともなく、僕とダルタイシュとウェズレイの飲み比べでは僕の圧倒的な勝利に終わり、また十王国史上かつ地上最強の肝臓に一歩近づいた。


 ティルクークはネヴェとカーマインさんに内政指南を仰ぎ、ひたすら感心していた。


 一部僕のアイデアであることを知ると、視力がないはずの目で疑惑の視線を向けていた。


 サラはゼフィアにまとわりついていて、どうやら元宮廷騎士団長の大ファンだったようだ。


 途中からリュタンも混ざって、普通の女子トークになっていたようだ。


「朴念仁を攻略する方法」


 とか、聞こえた気がするが気にしないようにしよう。




 そうして一通りのボクシング技術の修得と、当初の滞在日程を終えた、カタラク諸部族連合王国の国王一行は、次なる目的地、帝制マガニアの帝都ジャドワへと旅立って行った。


 出掛けにまた面倒くさいことを言い残して


「なあメルレン、国許が落ち着いたら探検行こうぜ、探検。いいだろ?」


「え?いや、自領の運営もまだ慣れておりませんので、とてもそのような日程は…そもそも探検とはどちらへ?」


「すぐにとは言わねえからよ、付き合えよ。面倒くさいこと肩代わりしてくれる奴見つけてよ」


 と、親指で背後のティルクークを指すダルタイシュ。


 当のティルクークは能面のように無表情を貫いている。コワイ。


「嘆きの荒野の探検したくてよ。あそこ魔物だらけだろ?対人戦以外の特訓してえんだよ。変なモノもいっぱいありそうじゃねえか。お前そういうの絶対好きだろ?」


 いやマジで一人で行けよ。


「お前んとこの王様に言っとくからよ。約束だぜ」


 オイ。


 誰が約束したって?


 しかし嘆きの荒野か。


 あそこは高レベルモンスター湧きフィールドだから面倒だなあ。


 しかも面倒な道連れが一緒とかゾっとしない。


 言っても僕も伯爵様ですし?いかようにでも断る方法はあるだろ。


 テキトーに煙に巻いておけばいいさ。


「陛下も私も責任ある身ですし、軽々にはお約束いたしかねます」


「んだよ、つれねえなあ。まあいいや、また誘いに来るわ」


 軽っ!




 そんな感じで弩級の面倒事がようやく引き上げたと思ったら、即、別の面倒事がやってきた。


 「突然の訪問大変失礼いたします!わたくしは王都騎士団のユミル・グレイファスと申します!この度恐れ多くも陛下より伝令の大任を拝し駆けつけた次第であります!」


 あれ?僕の記憶に間違いがなければ、ユミル君この前も一字一句同じ口上で来てたね。


「お役目ご苦労様です。陛下よりの御伝言とはどのような内容でしょう?」


「はっ!こちらの書になります!ご確認ください!」


「拝見いたします」


 ちなみにここまで全く同じな。


 違うのは署の内容だった。


『魔術師訓練施設設置の勅』


 あー。


 要約すると、復旧中の王都では場所の確保もしづらいので、王都から近いキリタチに魔術師の訓練施設を開けということ。


 建物、講師、カリキュラム、訓練対象の選定の計画書を作って提出しなさい。


 予算は補助するよ。


 いやいや国家事業にもほどがあるでしょ。


 まだ領内の政治機構もほとんど手つけず(放置してた)なのに。


 困った時はとりあえずカーマインさんとネヴェを呼ぶ。


 カーマインさんはサイカーティス家、ラトロード伯爵家の家宰という仕事があるし、サイカーティス商会の仕切りもあるので、さすがに政務に直接はつけられない。


 相談役として非公式なブレーンとしてバックアップしてもらおう。


「ネヴェ・バンドワール、あなたを騎士爵として取り立て、主席内務官の職を与えます」


「非才の身ではありますが、忠勤を尽くします」


「騎士クーリア・ダンスタン、あなたを正式にラトロード騎士団長に任じます」


「あ、ありがとうございます。そのう、がんばります」


 軍務関係の書記官は最優先で人選しないと、無茶苦茶になりそうだから頑張ろう。


 サラはヴィクセン伯令嬢でもあるので、役はつけず護衛ということにした。


 アル君は側付きだ。


 そんな相変わらずのメンツで会議を行う。


「さて、陛下より魔術師の訓練施設を作れという指示をいただいたのですが、わたしの考えではそれだけではもったいないかなと思っています」


「別の機能を付加するのですか?」


 と、ネヴェ。


「ええ、どうせなら識字率も計算能力もあまり高いとは言い難い状況ですので、長期的領内の発展と国力向上のためにも、ラトロード学校の開設を目指します」


「学校ですか。それはまた…」


 サラは目を丸くしている。


「ざっくりと腹案を準備してきました」


 僕はそう言って大きな羊皮紙を広げる。


 そこには総合学習施設としてのラトロード学校の構想が書いてあった。


 基礎学習過程で読み書き、計算を習い、希望する者は専門課程を並行して受けるか、基礎課程修了後に選択する。


 職能過程として、農林水産、建築、地質採掘、金属加工、経済、食品化学、地理測量。


 教養課程として、音楽、美術、歴史。


 専攻課程として、武器戦闘、魔術。


 講師を探すのがめちゃくちゃ大変そうだが、一度に全部開講しなくても基礎課程なら内政官でも教師が務まる。


 無料か、なるべく格安で基礎学力が身につけば将来の内政官がそこから生まれるだろう。


 お、なんだか領主っぽくなってきたな。


 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お待ちしてました、ありがとうございます 科学的魔術の必殺技で!と見せといて、それを囮に肉弾戦で決着とは…そういえばボクシングも高度に洗練された格闘技なわけで、中世風なこの世界では未知の…
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