第五十二話 「メルレンvsメルレン」
あけましておめでとうございまーす!
本年もよろしくお願いします~
できるだけ頑張りますので、見かけたらよろしくです^^;
サラ・ヴィクセン視点
仮の住まいとして使っているところどころ屋根の剥がれた家は、わたくしたちが女ということで鍵のかかる建物を優先して与えられたものだった。
お風呂、いいえせめて湯浴みがしたい。
贅沢だとはわかっているのだけれど、体を拭いて戦場に持って行く強い臭い消しを振りかけただけではどうも落ち着かないわ。
おかげで眠れないったら。
いいえ、違うわね。
いよいよ明日にはイダヴェルの兵を国境まで送り届けるということで緊張してるのだわ。
それも違うかしら。
何か起こるような、いやな予感がする。
今回は普通の戦ではなかった。
メルレンが仕掛けた罠や作戦にイダヴェルが面白いようにかかってとても戦闘を継続するような士気が維持できなくなってしまった。
メルレンが言うには被害が大きかったというけれど、もし無策で正面から戦っていたら兵数でも用兵でも練度にしてもバルディスがいいようにやられていた。
大賢者様の予言と迅速な兵力の集中、聞いたこともないような罠や作戦。
卑怯だって言う人もいたけれど、殺された方からしたらどっちだって同じことのように思う。
正々堂々とかって結局は殺す方の罪の意識の問題よね。
あ、それは誇りある騎士の考え方ではないのかしら。
だからイダヴェルの兵は敗北を受け入れたとはいえ、その数は非常に多い。
糧食の関係もあるから一刻も早く送り返したいところだったけど、逃亡兵が略奪をする可能性もあるし、部隊ごとに人数をあたり管理しなくてはいけなかった。
ましてや武装だけは解除したけれど反乱を起こされたら鎮圧するだけでもう一戦になってしまうもの。
そのせいか負傷者には応急処置はしてやり、少ないながらちゃんと朝晩に食事を与え、監視の兵の暴行などが無いように徹底していた。
誇りあるバルディス騎士として、といえば聞こえはいいけど実際はやはりイダヴェルの数による反乱、反撃を恐れたのは間違いないわ。
いくら士気が落ちているとはいえ、何がきっかけで火が着くかわからないもの。
と、思っていたら何やら外が騒がしい。
急いで甲冑を着込んで、髪を整えると顔を外に出してみた。
王都守備隊の兵士が駆けているのを掴まえて聞く。
「王都騎士団のサラ・ヴィクセンです。何事ですか?」
「はい、敵将が見張りを斬って逃走を図った模様です」
「敵将!?まさか」
「はい、メニヒ・ウォーレンナックです」
わたくしは眩暈がしました。あれを取り押さえるか討つにはどれだけの犠牲が出るのか考えたくありません。
あのメルレンや、バルテルミ従兄様、ウェズレイ様がかかっても倒せない相手なんて。
「メニヒは捕まったのですか?」
「いえ…それが取り逃がしたうえに、城壁をよじ登る人影を見たという未確認報告もありまして、目下王都内を中心に捜索中です」
完全に後手じゃないの。陛下が王都におわしたら大変なことになっていたわね。
「宮廷騎士団の方々は既にバルテルミ様とともに本陣に集まっておられるのですが…」
「なんなの?早くおっしゃい」
「はい…メルレン様のみ所在がわからないということです」
鳥肌が立った。
そうよ、あのメニヒは異様にメルレンに執着しているようだったわ。
自軍を放り出して一人で逃亡したうえにメルレンと一対一の勝負でもしようっていうの?馬鹿げているわ!
守備隊の兵を解放してあげて、まずはメルレンがいる天幕へ向かおうと思ったけれど、一緒の建物にいるランベールとリュタンに一言声をかけないと。
ランベールはついてくるかもね。同じ騎士なのにいつまでもわたくしのお守りから抜けられないんだから。
するとタイミングよくランベールが姿を見せる。完全武装だ。
あれだけの騒ぎなら当たり前ね。
「サラ様、事情は漏れ聞いていたのでお供いたします」
「リュタンは平気かしら」
「心配であれば連れて行くか、警備をつけて貰うかですが…人員や時間を考えると連れて行く方が合理的ではないでしょうか」
確かに。
「そうね、では起こしましょう」
その時だった。
ノックもなく入口が開くと、メルレンが入ってきたのだ。
見れば血まみれで怪我も酷いようだ。
「メルレン!あなたどうしたの!?」
思わず声を上げてしまう。
「メニヒが逃亡したって…あなたまさか!?」
メルレンの姿から戦闘の残滓を感じて、メニヒが相手ではないかと思った。
でも生きている?勝ったの?あの化物に?
「魔術師はどこだ…」
メルレンの答えはわたくしの問いに対するものではなかった。
魔術師?リュタンのこと?
戸惑う私にメルレンは続けた。
「ここにいるのだろう?女魔術師が」
物凄い違和感を覚えた。
なんだろう、コレは。
「サラ様、お下がりください」
ランベールはいつの間にか剣を抜いて、わたくしの前に立った。
「貴様、何者だ?」
ランベールがメルレンに問う。
メルレンはメルレンなのに…わたくしにもランベールの言いたいことがわかった。
コレはメルレンじゃない。
メルレンはわたくしたちに向かって殺気なんて向けてくるはずがないのよ。
「面倒だな。殺すか」
メルレンは気だるそうに剣を抜く。
その時にはわたくしも剣を抜いていた。
「まあいい。わたしは紛れも無くメルレン・サイカーティス本人だ。これまで貴様らが見知っていたのはわたしではない。あちらが偽者、わたしが本物だよ」
「どういうことですの?」
「貴様らから見たらまるで別人だろうな。それで正解だ。わたしは自分の肉体を取り戻した。ヤツは死んだのではないかな?」
メルレンが死んだ?そう言われてもまったく飲み込めるわけがありません。
では、このメルレンの顔で話すエルフは何の目的で?
先程、魔術師がなんとか…リュタンのこと?
「サラ様、リュタンさんを連れて本陣へ向かってください。ここはわたくしが」
ランベールが言う。
「そうそう、リュタンと言ったな。わたしの実験にはそのリュタンが必要なのだ。連れて行くぞ」
背筋を怖気が走ったのがわかった。
目の前のこのエルフは間違いなく災厄だ。
最善の手は可能な限りの騎士を集めてこの場で討つこと。でもこのメルレンはそれを許さない。
「ランベール、無理ですわ。一人では時間稼ぎにもなりません。わたくしも戦います。どちらかが生き残り知らせられれば重畳でしょう」
「サラ様…!」
わたくしとて騎士、いざとなれば肚を括ります。
「本当はここで大声をあげれば済む話、しかしそれでは正気を取り戻したメルレンの立場を悪くしてしまいます」
「そこまでお考えですか」
「わたしは正気だよ、むしろ今までが狂っていたと言えるかもしれんな」
わたくしはメルレンの顔をした異物の言葉を無視した。
「本陣へ走ったら、バルテルミ従兄弟様、ウェズレイ様、(ダナード・)エルゴ様、それから旧メルレン隊の方をできるだけ多く集めてください」
「…はい!」
「無理だよ、一刀で…いや騎士の貴様らに最低限の敬意を払って二刀で殺してやろう」
そう言ってわたくしを見るメルレンの眼は、これまでみたどんな相手よりもわたくしに恐怖を感じさせた。
恐怖と何かわからないものに衝き動かされたように、わたくしの口から大声が出てしまった。
「メルレン!そこにいるのでしょう!?情けない!このような低俗な輩に身体を奪われるなどわたくしやお父様の見込み違いだったかしら!?」
来栖瞬視点
大型ロボットの操縦席に揺られるような感覚で、メルレン本体のやることをただ見ているしかない僕と自称“管理人”。
面倒なので管理人でいいか。
案の定、サラ、リュタン、ランベールが仮の寝床にしている半壊した民家に向かっていく。
中で暴れてはみたものの、精神体のような状態では本体に気づかれることすらない。
「あいつは何してたんだ?こんな状態で」
「あんまり様子覗いてないからわからないけど、終始落ち着いてたよ。なんかチャンス待って情報収集に努めていたかんじ?」
長寿命種の余裕ってヤツですか。
どうする。どうする?
何も浮かばない。
「メニヒを軽くあしらう腕となると、ラザルス・アクシオム、バシュトナーク、ダルタイシュの三人、最低でもメルレンの師匠レイスリーくらいしかいないなあ。そしてここには誰もいない」
「うんうん」
「腕づくでダメなら…」
「気合?」
可愛らしく首を傾げて言う管理人に盛大な溜息をついてやった。
「なんかないのー?ホラいわゆる異世界ならではの裏技みたいなヤツ」
「ねえよ!」
あったとしても今の僕は精神だけ。振れる剣どころか実体すらない。
精神。
魔術はどうだろう…
いや無論僕に心得はないのだけれど。
「精神体のみで魔術って使えるのか?」
「亡霊っていう魔物もいるくらいだからねえ、使えるんじゃないの?魔術ぶっぱなすの?脳内で?」
こわ!
頭から火柱が立つ光景を想像してしまった。
もしうまく魔術が発動したとしても身体が死んでしまったら無意味なのだ。
しかし、現時点での望みは魔術だけかもしれない。
やり方はわかってる。感覚は覚えているんだ。
頼むぞ。発動してくれ。
魔力の栓を開けてやる。
来た。
体内を循環する魔力の流れ。
この世界なら僕にも魔術が使えるんだ。
しかし…
「クソ弱いね」
「ほっとけ!」
「まあ、素質があるとしても今から修行始めたようなものだし、一朝一夕には無理なんじゃないの?」
「でも、これしかないだろ」
身体強化しても意味がない。なにせ強化するべき身体がないのだ。
攻撃魔術は使えない。
き、気合を強化する魔術とかないかな?
「無いよ。少なくとも聞いたことない」
期待を込めた眼で管理人を見ると、口を開く前に答えられた。
そうこうするうちにサラ達とメルレンが出会ってしまった。
まずいまずい。
あの調子じゃ絶対殺してしまうだろう。
何か使える知識ないか、気合気合気合…
「あ」
和物RPGをやっていた時の光景がふと思い浮かんだ。
「気合増やす」
「なんか思いついたの?」
「いやわからん…」
中国拳法が出てくるマンガや、和物のRPGの陰陽師、そして仙道の道士が行っていたのを昔真似したことがある。
男子なら誰でも通る厨二病の道。
曰く気のパワーを全身の経絡を周回させることにより増幅していく方法。
周天法。
高校生の頃、深夜の自室で少ない資料を集めて「気」を練ろうとした。
当然できるわけもなく、ニ、三度試して投げ出した。
でも集めて練るのは気じゃない。いや、もしかしたら同じモノで名前が違うだけなのかもしれない。
僕はその場に座ると、目を閉じた。
舌を上顎につけて瞑想する。
(魔力で球を作るんだ)
両手を腹の前でゆったりと構えて、その間に不可視の玉を持つイメージをする。
(できた)
開放された魔力回路はあっさりとそこで魔力の塊のようなエネルギーを知覚させてくれる。
それをゆっくりと飲み込むように体内の気脈を通して臍の下にある丹田という場所に溜めていく。
数回繰り返すと、丹田に溜まった魔力は熱を持つように出口を求めて蠢き始める。
そこで呼吸法を使って、経絡(気が溜まりやすい箇所)の道を開けてやる。
「!」
身体の中心を魔力が駆け上っていき、頭頂の百会という経絡へ、そして会陰部のその名も会陰という経絡へ下らせる。
実体のない身体なのに自分の身体が熱っぽく激しい動悸を打ちはじめたようだった。
「面白いことするねえ!でも急いだ方がいいよ!」
わかってるよ!
僕は体内を駆け巡る魔力の量を追加する。
魔力は一周するごとに体内の感覚を鋭敏化させ、隅々から魔力を吸収して奔流となっていく。
それは魔術を実行する材料であるのと同時に純粋なエネルギーのうねりだった。
「あああ!サラが斬られるよ!」
切羽詰った声に思わず目を開くと、そこに映ったのは覚悟を決めたようなサラの顔と、今まさに間合いに入ろうとするメルレンの挙動だった。
(サラ!)
思い出せばせっかくデレてくれたというのにまったく進展なし。
自分が元の世界に帰ることを前提にしていたのだから及び腰になっていたのが原因といえば原因だ。
最初はワガママなだけのお嬢様だったが、世間に揉まれて実にいい女になったと思う。
ちょっと俺TUEEなメルレンに衝撃を受けて惚れた気になってるんじゃないかと思っていた。
しかしどうだ。
こうやって目の前で決死の覚悟でメルレンを止めて、僕の帰還を待っている姿というのは…
立派にヒロインしてるじゃないか。
だからここで死んでしまっては、
「だめだ!!」
僕は大声で叫ぶと同時に左手を突き出した。
爆発的な力の束が噴き出す。
目に見えない力は何かを突き破り『繋がった』感覚があった!
来栖/メルレン視点
「なんだと!?」
自分の声が聞こえる。
自分の耳で聞こえる。
でもそれは僕の発した言葉じゃない。
僕の左手は僕の右手首を掴まえていた。
「貴様どうやって抜け出した!」
「うーん、気合でしょうか?」
僕は僕と会話をしている。
「メル…レンなの?」
サラの声がする。
僕は左目をそちらへ向ける。
「ご心配おかけしました。帰ってきました。ただし半分だけですが」
「半分?」
その通り。
文字通り気合で身体のコントロールを取り戻した僕だったが、左半分だけだった。
斬撃を放とうとする右手をなんとか止めようと意識したあまり、そんなことになってしまったらしい。
「忌々しい。かくなる上は左目を抉ってくれる」
「え!?」
躊躇なく自分の左目に向かってくる切先。
僕はすんでのところでかわす。
「避けるな!」
「無茶言わないでくださいよ!」
サラとランベールは明らかに戸惑っている。
「何の騒ぎですかあ?」
まずい、リュタンが起きてきた。
「あれえ?メルレンさん、こんな遅くにどうしたんですか?」
「そこか!魔術師!わたしと共に来てもらおう!」
「させませんよ!」
踏み出そうとする右足を左足で踏みつける。
「うがあ!切り落してくれようか!」
「歩けなくなるでしょうが!なんでそう短絡的なんですか!」
「え?え?え?」
リュタンも戸惑っている。
しかし参った。
相手は剣を持っててこちらは無手だ。
しかもある程度の損害など構わないような様子だ。
僕はイヤだなあ。
カタをつけるのは魔術しかない。
しかし自身を傷つけず、相手を無力化する魔術なんて…
その時頭の中でライブラリのように記憶が開いた。
(これはメルレンの記憶)
半分が身体に戻っている状態がさせたのか、メルレンの知識を勝手に覗くことができた。
(心撃、これだ!)
その魔術は失伝魔術に属するもので、人あるいは高等知能を持つ生命に対してのみ有効。
対象の精神に打撃を与え行動不能に陥れる。
発動距離は…近接。
失伝の理由は明らかだった。対象が限定されるうえに密着してしか使えない。
そんな面倒とリスクを犯すくらいなら焼き払ってしまえばいい。
相手を傷つけたくないのに戦うというシチュエーションが限定的すぎて、修得されなかったに違いない。
しかし、この局面ならこれしかない。
残存魔力は?足りない。
仕掛ける機会はどう作る?武器がいるな。
一瞬で戦術を組み立てると、旅の仲間達に声かける。
「リュタン!魔力だ」
「は、はい!」
「ランベール、武器だ!」
「はい!」
「サラ!」
「はい!」
「…しくじったら、必ずわたしの左手側から首を刎ねてください」
「え!そんなこと!」
「いいですね?迷わずやるのです」
「…わかりましたわ」
よし。
「好きにさせるわけがないだろうが!」
メルレンが振りかぶる。
「メルレン様!」
ランベールから一瞬早く剣が飛ぶ。
僕はそれを受け止めて、鋼を切り裂く霧断丸を受け止め、なかった。
「なに!?」
僕は受け取った剣を握らず手を添えていただけだったのだ。
剣ごと断ち切ろうとしていたメルレンはバランスを崩したたらを踏む。
僕は左足を地面から離してやった。
当然僕らはもんどりうって床に転がる。
「リュタン!」
声をかけた時には、僕の左の頬にリュタンの小さな手が添えられていた。
「!」
流れ込む魔力。
僕の中で瞬時に術式が構築される。
左手を右の耳に叩きつけながら魔術を開放した。
「喰らえ!心撃!」
同時に物凄い衝撃が脳を揺さぶった。
(ああ、半分だけ無力化するとかそんな都合のいい魔術があるわけないかあ)
意識が飛ばされていく一瞬にそんなことを考えていた。




