第四十二話 「噛み合わない」
僕の話した作戦は以下の通り。
敵の虚をついて水位の大きく下がった川に入ってしまう。
多少馬足は落ちるが、敵の方が重装なため追いつかれることはないと思われる。
それで上流へ向かう。
そう下流じゃなくて上流だ。
堰へ向かって突進し、魔術で堰を切ってしまい混乱に乗じて脱出する。
うまくいかなかったらそのまま逃げるしかない。
その場合は本隊も急ぎ撤収しないとイダヴェル軍に急襲される可能性が高い。
王都を目の前にしているので、あまり距離が近いとそのまま城門前まで乱戦になってしまうこともあり得る。
相変わらず行き当たりばったりだが、まあこんなもんだろう。
深謀遠慮を駆使して緻密な計略を練り上げるような知力はない。
そんな知力があったらもっといい大学行ってるしね。
「リュタンさん、馬上ですが魔術の使用準備に入れますか!?」
「えええ!?そんなのやったことないですう」
そりゃそうだろう。でもこの子は集中力はあるのでそれに期待したい。
「いざ落っこちそうになったら支えますので、魔力の練り上げをしておいてください。僕が最終的に干渉してコントロールします!」
合体魔術だ。まるっきりやったことはないが理屈ならわかる。
術式選択はもう少し近づいての判断になるが、建造物に対して破壊力の高い風系の上級術か、敵の展開の仕方によっては火炎、しかも爆発系の術を選択することになるだろう。
こんなことなら色気出さないで普通の戦術チョイスしてればよかったなあ。
三国志で読んだ記憶のある「川半ばを渡れば即ち撃つべし」だったっけ?
敵を迎え撃つのにあたって自軍は川に入らないようにねってやつだ。あってるかな。
リュタンは苦労しながらも眉根を寄せて必死に詠唱準備に入っていた。
さて。
「川に突っ込みますよ!」
川半ば…はどうした。
リュタンの馬の手綱を引いてやり川へと駆け込む。
「上流へ!」
言うなり手綱を絞って馬首か川上へ向ける。
リュタンは引っ張られるままだが、サラとランベールは急ブレーキだ。
「戻りますの!?」
「ええ!敵はどうやら弓矢の攻撃をしてこないようなので、いちかばちか突っ込みます!」
一瞬で不安そうな顔になるサラ。
「いちかばちかって…」
「ええと、では行き当たりばったりで」
「メルレン様、それでは悪化しています」
ランベールは冷静なツッコミ。うん、まあこれくらい落ち着いてればなんとかなるでしょ。
敵はやや距離をおいて慎重に追跡してきていた。
これはなかなか厄介だな。
三方に等しく分割して後ろ、両川岸を追跡してきている。
僕らは川上へ向かっているため、まもなく堰に着く。
ここで無理して距離を詰めずとも、堰まで行けば無事完全包囲となる。
段取りとしては堰に向けて魔法をぶっ放しつつ川を脱し、堰決壊の騒ぎに乗じて包囲を突破、無事帰還というものだ。
結局個人の武力に頼るあたりが下策である。
しかし兵力も知力も無い袖は振れない。
バシャアアンという派手な水音が響いてきて考えを中断する。
まさか、投石器でも持ち込んでいて攻撃されたのか!?
「きゃあああ」
振り返った僕の眼に飛び込んできたのは、見事に落馬してズブ濡れになったリュタンの姿だった。
しまった、ちょっと気が逸れた。
「メルレン様ああ!支えてくれなかったじゃないですかああ!」
いや、マジでスマン。
「メルレン様!包囲されます!」
ランベールとサラは既に剣を抜いている。
僕は迷わず馬を止めて、リュタンを助け起こす。
「うう、すいません」
「いえいえ、無茶なことを頼んでしまって申し訳ありません」
とは言ったもののピンチです。
堰に詰めていた兵も駆けつけつつあるらしく、包囲はますます厚くなり、弓を構える者も結構見える。
いつも奇襲で虚を突いていたのだが、今回は相手も万全の態勢だ。
僕が無双モードに入れば囲みは破れるかもしれないが、三人を無事に逃がす自信がない。
火力で怯ます予定だったのだが、リュタンの詠唱は当然解除されてしまった。
竜咆を使うには包囲網が広く、ネタバレしていて対応されているかもしれない。
なにせ魔術師でなければ、耳栓でもしておけば結構耐えられるものだし。
詰みですか?
「我はイダヴェル帝国剣術団アークロイガー第一軍第二騎兵隊副長ハンス・フルーエ・ワーデルガーである!エルフの騎士よ、イダヴェルは蛮族ではない。抵抗せずに投降するならば仲間ともども身の安全を保証しよう!」
隊の指揮官と思われる騎兵が宣言する。
なんとも魅力的な条件じゃないか。
僕はさっさと投降しようかと思ってしまいそうになる。
「命は助かるようですよ?王都には段取を伝えてあるので、ちょっと厳しい状況もあるかもしれませんが、少なくとも五分以上には戦えると思います。大人しく捕虜になっちゃいましょうか」
サラとランベールは目を剥く。
「正気ですの!?命が助かったとしても一生幽閉されるかもしれませんのよ。それに兵の慰み者にされでもしたら死んでも死に切れませんわ!」
「そのとおりです、メルレン様。捕虜に自由はありえません」
むう、そりゃそうか。別にジュネーヴ条約批准してるわけじゃないもんな。現場の指揮官の気分で拷問されて情報とか聞き出されるかもしれない。
拷問なんて1秒も耐える自信ないぞ。
「と、すると決死の覚悟で突破するしかありませんか」
「そうなりますね」
不安そうなリュタン。
一人なら突破できる。
そう一人なら。
一人って別にみんなを置き去りにして逃げるのだけが一人じゃない。
みんなを逃がした後で一人で戦うのも一人。
よし。
肚は決まった。
「いいですか?今からわたしが囮になりますので、合図をしたら北側の川岸に向かって一直線に走ってください。サラとランベールで突破できるだけの隙は作ります。リュタンさんは遅れないようについていってください」
「あなたはどうしますの?」
「ひっかき回して逃げます。全開で行けば百くらいどうにかなるでしょう」
サラは窺うように見ている。
「足手まといだと言いますの?」
「…正直守りながら戦う自信がありません」
再びじっと僕の目を見るサラ。
「わかりましたわ、わたくし達はあなたが存分に戦えるように撤退します」
「お願いします」
「答えはでたか?」
ハンスと名乗る騎兵はたしかに紳士的に僕らの相談を待っていてくれた。
「お待たせいたしました。敵であるわたしたちに対して大変紳士的かつありがたいお申し出ありがとうございます」
「では、投降するのだな」
「…いいえ、全力で抗わせていただきます。わたしの首に縄をかけたいのであれば、息の根をとめてからどうぞ」
「…よかろう」
ゆっくり抜刀する。
ハンスは右手を高々と挙げた。
「かかれ!」
僕は三人に叫ぶ。
「今だ!走って!」
同時に脱出補助の魔術を開放。
「天国への階段!」
川岸に向かって馬を飛ばす三人の前に半透明の大きな階段が出現する。
「それを上るんだ!」
切り立った崖などもこの呪文があれば易々と上れる。
サラたちは緩やかに空へと駆け上っていく。
「なんだ!」
敵からみれば馬ごと空を飛んでいるように見えるだろう。
「弓を射よ!」
まずいな。
「あなた方はわたしにつきあってもらいますよ。断空!」
「ぎゃあ!」
剣風で敵を薙ぎ、牽制してから敵指揮官ハンスに向き直る。
こいつさえ倒せば、指揮系統が混乱し突破口ができるはずだ。
「着火!」
人馬もろとも突っ込みながら、魔術の火を敵の顔面で弾けさせる。
目くらましだ。
これで大体は機先を制することができる。
「電撃!」
そして次手では敵の武力を無効化…??しないぞ?
帯電させたはずの騎兵槍を抱えたまま、ハンスは平然と立っている。
まさか魔術抵抗系のアイテムか?しかし完全無効化というと相当な希少品だぞ?それを部隊長レベルが持っているのか?
「メルレン様あ!」
泣きそうなリュタンの声が聞こえる。
嫌な予感しかしないな。
戦闘中に注意を逸らすのは自殺行為だが、ほっとくわけにもいかないのでちらっと見てみると、ある意味予想通りの光景だった。
サラとランベールは地上5mほどまで駆け上がった天国への階段から飛び降りて敵包囲網の後方へと抜けていたのだが、高所に足がすくんだらしいリュタンはそのまま空中にいた。
「高いですう」
天国への階段はその名の通り、空中に足場を作って自分や味方を高所へと移動させる魔術だ。
しかしやはりその名の通り、上りしかない。
最上段は透き通った床があって、そこで終わる。
崖の上まで行くのでなければ空中で終点なのだ。
術の効果時間はおよそ五分。
「降りてきてください」
さすがに墜落させるわけにはいかない。
詰んだ。
今度こそ完全に詰みだ。
「申し訳ありません、メルレン様!」
え?ランベール?包囲を破ったんじゃなかったのか?まさか引き返してきたのか?
逃げたと思われた方向から十数騎の騎兵に引き立てられてサラとランベールが現れた。
「お見事です!ラウザー隊長!」
ハンスが騎兵の先頭に声をかける。
「お前こそよくやった、ハンス。おかげで迅速に状況に対応できた」
隊長?副隊長のハンスが現場指揮官ではなかったのか?
これは…してやられたな。
ここで無理をしてハンスを倒しても、遠巻きにしている隊長が指揮を執る。
読まれていたのか。
いや、まだだ。
考えろ。
リュタンが戻ったことで、魔術を行使できる目ができた。
立地は川。
となれば媒体は水。
即時詠唱できる中で最大の威力、最大の効果範囲の魔術は!
「リュタンさん、無理ばかりさせてすいませんが、もう一回いきますよ。魔力を一瞬で取れるだけ取っちゃいますのでコントロール貰います」
そして馬をリュタンのところへ寄せて飛び移る。
「抵抗する気だぞ!弓隊一斉射後、全員突撃!」
ハンスの号令が聞こえる。
僕はリュタンの背後からなかば抱きしめるように精神の糸をリュタンの中へと伸ばしていく。
「メ、メ、メルレン様!」
「しっ!集中して!」
「は、はい!」
よし、接続できた。
鮮明なイメージの巨大魔法陣が一瞬で瞼の裏に描かれる。
細部まで完璧に暗記、イメージできなければこの瞬間詠唱はできない。
せめて僕らとサラ達の間の兵力くらいは無力化できるように最大の瞬発力をこめて…
「烈凍!」
僕とリュタンを中心に圧倒的な魔術の冷気が周辺に広がっていく。
川の水はみるみる凍り、なんらかの魔術抵抗をしているハンスを除き、比較的近くにいた兵は氷の彫像へと姿を変える。
それを免れた者も麻痺状態になっている。
リュタンは気を失っている。
当たり前だ。高速で魔術を実行するために体内の魔力のほとんどを一瞬で奪われたのだ。
僕の馬を見ると、ちゃんと意思疎通ができているようだった。
リュタンを抱えたまま走り出すとついてくる。
「ま、待て!」
ハンスは慌てて追いかけるが、さすがに完全には無効化できていないようだ。
動きの鈍い今が逃げるチャンスだ。
僕はハンスを振りきってサラ達のところへ急いだ。
「冷たいじゃないですの…!」
しかし、サラ達は比較的僕から近いところにいたために冷気の影響を強く受けていた。
「すいません、うまく加減が…」
「仕方ありませんわ、こんな状況ですもの。あ、ありがとうと言っておきますわ」
そんなほっこりしてる場合じゃない。
気絶したリュタンと、身動きに支障を残したサラとランベール。さすがに三人を抱えては走れない。
馬にくくりつけていくか?
う~ん、術のチョイス間違ったかなあ。今日はいろいろと噛み合っていない気がする。
「逃さぬぞ!」
ハンスと半分ほどに減った兵達も迫ってくる。
これは結局もう一戦やらないとダメなのか?
「ちょおおおっと待ったあああ!」
その時大きな声が響いた。
う、この声は…
「お前さん達が取り囲んでる生っちろいエルフはうちにとっちゃあ大事な団長代行補佐兼…兼、なんだっけか?」
「参軍ですよ」
「そうそうそれそれ、長えんだよ。だからなんだっけ?まあいいや、助けに来たぜえ!つか呼べって言っただろが、メルレンよお」
なんか、一層阿呆っぽくなった気がするよ…
「助かりました」
「礼には及ばねえ!バルディス宮廷騎士団副長ザックラー・ウェズレイと精鋭千騎がお相手するぜ」
結局ハンスらはすぐに劣勢を悟り撤退していった。
ウェズレイも追う気はなかったらしく、麻痺の残る敵兵を回収していく様子をただ眺めていた。
「助かりました、副団長」
「気にすんな。暇でブラブラばっかしてたんだ。いや、ちゃんと偵察もやってた。だからここに敵が来たって報せ受けて駆けつけたんだがな」
「敵が退いたなら、すぐ堰を切ってしまいましょう。水位の下がった状態では敵がやすやすと川を渡ってしまいます」
「んー、どうだろ」
何故かウェズレイはニヤニヤしている。
「しかし敵に利することになりますので、今のうちに手を打った方が」
「でもよお、堰切っても水位は戻らねえかもしれないなあ」
「なぜですか!?」
「凍らせてんじゃん、メルレンが」
あ…
その後アホ面をして振り向き、凍りついた川を見ている僕を指さして転げまわって爆笑するウェズレイがいた。
「お前やっぱ面白えよお!」
ほっといてくれ。
いや、今日はマジで噛み合ってない。
死なないだけ儲けモンだったのかもしれないな。
さんざん苦労した割には、リュタンは気絶、サラとランベールはしもやけ、川は凍って敵軍は悠々渡河。
なんだかなあ。
後、敵の参謀格が中々侮れないということが再確認できた。
今日の二重包囲は明らかに僕の打つ手を想定してきている。
まあたかが僕なので、手がワンパターン化してきていたかもしれない。反省せねば。
そして王都前では敵を誘い込むための最後の仕掛け、『麗し野の会戦』の始まりが近づいていた。
いつもありがとうございます。
いそがしいやら風邪ひくやら筆がすすまないやらで大きく遅れました。
次回挽回します。タブン^^;




