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異界のストーリーテラー  作者: バルバダイン
第一部 「イダヴェル戦乱編」
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第三十八話 「竜咆」

 約五千の大兵力だ。


 ただ陣形などなく千々に乱れている。


 僕達が百騎で突入を試みているのと反対側の右翼兵力がおそらくは千余壊滅している。


 中央に陣取るアシュケム・ヴィドマーのきらびやかな大型馬車には被害はないようだったが、人は右往左往、馬は棒立ちの興奮状態で混乱の極みにあった。


 もうちょっとズレていればアシュケムごと「持っていけた」のになあ。


 これが運命というやつだ。


 ちゃんと生き残っている。


 わからないの自分の運命の方だ。


 メルレンが死ねば、僕は死ぬ。


 少なくとも大賢者はそう言っていた。


 正直よくわからない。


 考えてどうにもならないことは考えるのをやめる。


 思考停止だ。


 良し悪しじゃねえの?って思う。




 馬を走らせる。


 百とはいえ明らかに味方の来るはずがない方向から突入してくる兵。


 敵の一部はさすがに僕らに気がついて対応しようとしている。


 しかしいかんせん統率が取れていない。


 おまけに反対側からは、僕らに呼応してジレコ伯爵の百騎が突入を開始した。


「全軍鋒矢陣形!」


 こんな言葉すら僕が教えた。


 武力の高い者が先頭に立って一点集中で突破するという戦術自体が理論として成立、運用されていなかった。


 縦列、横列、せいぜい方陣と包囲陣形くらいしか理解されていなかった。


 陣頭は僕、後ろの二騎はダナードとバクスター、続いてクーリア、テスカ、ランベールと続く。


 サラはもうちょい後だ。


「目標、敵の大型魔術師用馬車!進路上の敵は速やかに排除せよ!」


「「応!!」」





 見たこともない威力の魔術らしき攻撃、少数ながら精強な騎士団、体勢も整わず指揮系統が混乱したままの味方。


 数えるほどの敵すらも跳ね返せない自軍に対し、おそらく初めて現実的な不安を感じたイダヴェル軍だったのだろう。


 体を張って止めれば、僕らの突撃を止められたかもしれない。


 しかし散発的に立ち向かっていく味方は、僕の剣で紙のように両断され、またある者はダナードのグレイブによってぼろきれのように跳ね飛ばされる。


 馬上にありながら正確な弓が次々と味方に突き立っていき、その他の騎士もおよそ並以上だ。


 そのような敵に進んで斬られにいく者はごくごく少ない。


 どれほど数が多くとも、時間をかけて渡り合うのでなければ自分の周りの敵との戦いでしかない。


 僕らとイダヴェル軍の戦いは奇妙な逆転状態を生み出していた。


 ジレコ伯爵もおそらく似た状況で、さすがに騎士団から選りすぐった人材が一般兵にそうそう遅れをとることはない。


 いつの間にか敵は自然と割れて、目的であるアシュケムの馬車への道が見えてこようとしていた。




「敵は退却しようとしている!目標に突入するぞ!」


 半数の魔術師はほぼ無力化されている。


 跡形も残らず消滅してしまったか、魔力を吸い尽くされて昏倒しているだろう。


 帝国魔術団アトラーヴェイは帝国剣術団アークロイガーとは指揮系統も組織も違う。


 今、筆頭魔術師として部隊を預かるアシュケム・ヴィドマーは焦っているはずだ。


 皇帝から預かった虎の子の魔法兵団をなんの戦果もないまま半数も喪失した。


 そしてどうやら魔術的な攻撃らしいが、未知のエネルギーによって残り半数、果ては自分すら危機に直面している。


 残り半数をもって戦局を打開し雪辱を果たすか、残りの戦力を保全すべく直ちに撤退し、別の機会を待つか。


 部隊損耗率(カジュアリティ)50%というのは、およそ想定された作戦行動とその成功は期待できない。


 ただしそれは通常戦力の場合だ。


 アシュケム・ヴィドマーならば、配下の魔術師との合成魔術、この場合おそらくは配下を踏み台または増幅器(アンプリファイア)として、強力な範囲攻撃魔術を行使すればこちらなど消し飛んでしまう。


 強行、撤退、どちらの行動を取るかは五分五分、どちらかというと強行の目が強い。


 なぜならば自分の強さに絶対のプライドがあるはずだ。


 このようなさして重要でもない戦場で敗退し、おめおめと国には戻れない。




 だからもう一手。


 頼みのはずの魔術行使が揺らぐ。


 そう竜咆(ドラゴンズ・ロア)だ。




 近づいてみるとアシュケムの馬車はどちらかというと装甲車だった。


 十頭立ての馬車はきらびやかな装飾が施されているものの、窓はなく全面が鉄張り、おまけに魔術防御の術式が張り巡らされており、いきなり攻撃を仕掛けてもダメージを与えることは難しそうだ。


 馬を倒してしまえば動きがとれないので、多数の兵で囲めばどうにかなりそうだが、一流の魔術師は個人戦闘能力も一級だ。


 被害は想像を超えるだろう。


 確実なのは、より大きな魔術でねじふせる。


 これだ。


 ティルクークはこの手でアシュケムを仕留めた。


 それはあちらにお任せする。


 僕らはアシュケムがここから退いてくれればいい。


 なるべく戦意を低下させてくれるとありがたい。


「なるべく通常の兵には構わず魔術師を狙って!詠唱に入る者がいたら優先的に倒すように!」


 実際は護衛や前衛が敵を押しとどめていなければ戦場で詠唱に入ることはあまりない。


 攻城戦や防衛戦などで飛び道具がわりに使うのが普通だ。


 しかしこうした乱戦でどさくさに紛れる奴がいないとも限らない。


 現実に数人の魔術師が強引に詠唱を開始し、矢で射殺されたり斬られたりした。


 まだだ。


 竜咆(ドラゴンズ・ロア)はアシュケムの動きを見てからでないと使えない。




 しかしアシュケムの装甲馬車にはさすがに容易に近づけない。


 護衛の兵と魔術師が十重二十重に防御陣で包囲している。


さてこれをどう攻略したものか。それとももう竜咆(ドラゴンズ・ロア)を使って一気に斬りこむか?


 敵で迫ってくるのは通常の兵士が多い。


 逃げ遅れたのか任務に忠実なのかわからないが、士気はそこそこ高いようだ。


 問題はその後ろにいる魔術師だ。


 詠唱を警戒してアル君達弓隊が注視しているのだが…


「メルレン様!なにかおかしいです!」


 それは気づいていた。


 魔術師達に動きがない。いや無さ過ぎる。


 周りの戦況などまるで関知しないように棒立ちのまま宙空をぼんやりと見つめている。


 これは一体なんなんだ?




 動きがあった。


 魔術師の一人が急にガクガクと震えて大量の血を吐き散らした。


 するとそれにつられるように次々と魔術師達が血を吐いていく。


 しかし倒れることなく、縫い付けられたようにその場に立ち尽くしている。


 そしてアシュケムの装甲馬車が扉を開けた。


「総員目標に攻撃開始!」


 待ってましたとばかりに指示を出すが…


「矢が届かない!?」


 見れば見えない壁に阻まれたように矢が落ちる。


 障壁系の術でも使っているのか?


 その時戦場に響き渡る声でアシュケムが詠唱を開始した。


「森羅万象を司る神と魔神に我は乞う!」


 これは!


「まずいです。これは天変地異(カタクリズム)の術です!」


 僕の声に皆蒼白になる。


 無理もない、あきらかに御伽話レベルだ。


 リュタンが使った時ですら大事件になった。


 アシュケムはなりふり構わず、辺り一帯を壊滅させる気だ。


 魔力原資はどこから?


 答えはすぐにわかった。


 血を吐いた魔術師達は、その血を自らの身体で巨大魔法陣を構築して、いやさせられていた。


 明らかに致死量の出血、そして体内の魔力と生命力を根こそぎ奪われ、中央のアシュケムへと送っている。


 おそらくは百名以上を犠牲にした魔術は、先ほど大賢者によって放たれた魔術より威力が高いだろう。


 あちらは実験段階らしく効率化されていない部分が多々あるようだったが、こちらは長年研究され効率化された完成した魔術だ。


 充分な手順と時間をかければ単独で行使できる。


 そこに高速化、高威力化、範囲拡大のために百名以上の魔力と生命力をつぎ込んだのだ。


 現象化する魔術はリュタンの時の比ではない。


 おそらくアシュケムの得意属性である風から考えると、一地方が暴風で吹き飛ばされるくらいで済めばマシかもしれない。


 下手すれば、大規模な竜巻を王都に向けて連続発生させるとか、空気自体を操って広範囲を真空にするくらいの魔術が行使されるかもしれない。


「あまねく風と大気の精霊とその全ての眷属よ、我が声に耳を傾け我に従え」


 精霊使いっぽい詠唱だけど実際精霊力を借りるわけではない。イメージの作り方の問題だ。


 精霊使いの本家の方は、トランス状態に入って対話形式で術を行使する。


 まったく無防備だし、術の発動までの時間がまちまちだ。


 術の内容も一定しない。


 生まれつきの才能だけで努力しても伸びない。


 よって使う人間はあまりいない。


 ただしハマるとティルクークのような化け物がたまに現れる。




 もうここしかないだろう。


「各人待機、わたしが術を発動させる際は予め指示した通りの避難行動を取れ!」


 言うが早いか僕はいつもの単独行動に入る。


 竜咆(ドラゴンズ・ロア)の効果をアシュケムに到達させるためには魔法陣の内側に入る必要がある。


 できれば魔法陣自体もできるだけ破壊して、術の発動を遅らせてやらなくてはまずいかもしれない。


 魔法陣の破壊、そう、もはや廃人同様になっているとはいえ魔法陣を構成している魔術師を斬るのだ。


 魔法陣の外縁に近づく。やはり巨大な魔力のうねりが感じられる。


 魔力は力場を形成しており、どうやらそこに障壁を発生させて防御としているらしい。


 障壁の組成を探って解呪する暇はない。それに必要もない。


 僕にはこれがある。


 霧断丸(キリタチマル)


 おそらくこれが最も想定した使い方に近いだろう。


(切り裂け!霧断丸(キリタチマル)!)


 ちょっと声に出しそうになったけど、心の中にしておいた。


 これから斬るのは人間なのだから。


 それほど心に負担は感じないけれど、やはり嬉々として斬るわけじゃない。


 刀を振るうと、目の前の魔術師が倒れた。


 同時に硬質な破壊音が響き、魔法陣に亀裂が入ったことがわかった。




「来たれ天つ風。天空の道にさんざめき、疾く駆けかつ巻き、全てを飲み込む竜となれ」


 よし、詠唱がおそらく複雑化した。


 アシュケムは集中を切らさぬようにだが、渋面を作り僕を睨みつけている。


 しかし、必要な魔力は既に吸い上げているはずだ。


 詠唱が多少伸びても完成してしまえば全て解決だ。


 そうはさせない。


 


 魔術のエネルギーが集まり始め、天はにわかにかき曇り、竜巻発生の兆しが現れてきた。


 どうやら行使されるのは竜巻による天変地異トルネード・カタクリズムで間違いないだろう。


 僕はようやく魔法陣の中央へ到達した。


「疾風よ、旋風よ、破壊の牙を剥き形ある物全てを打ち壊し、生命ある物全てから奪い去れ!―天変(カタク)…」


竜咆(ドラゴンズ・ロア)!!」


 アシュケムの詠唱が完成するまさにその時、僕の竜咆(ドラゴンズ・ロア)が発動した。


 竜の雄叫びは大気と大地を震撼させ、付近からあらゆる音を奪い去った。


 できるだけ接近して、持てる限りの出力で放った竜咆(ドラゴンズ・ロア)は見事にアシュケムの詠唱を強制的に中断させた。


 この機の逃すことはできない。


「全軍突入せよ!」


 号令一下メルレン隊とジレコ騎士団が突入する。


 彼らはあまり影響を受けていない。


 なぜなら『耳を塞ぐ』という緊急避難行動をちゃんと実行していたからだ。


 少数のバルディス軍が麻痺状態になっているイダヴェル兵を蹂躙していく。


 効果範囲から離れている敵兵や魔術師がバラバラに逃げていく。


 深追いはしないように厳命してあるので、それらは放置だ。


 さて、仕上げをしよう。




 僕はアシュケムに対面した。


 もう大きな魔術を使うチャンスはない。


 あとで逃げられるのだろうがここで捕縛するのが最善手と思われる。


「わたしはバルディス宮廷騎士団、団長代行補佐メルレン・サイカーティスという。アトラーヴェイ筆頭魔導師、アシュケム・ヴィドマー師とお見受けする。生命は保障するので抵抗はしないで貰いたい」


「貴様…何者だ」


 会話が成立しない。


 あ、考えてみたら竜咆(ドラゴンズ・ロア)食らわせたから聴力がまだ回復してないんだ。


「聞いておらぬぞ。このような禁呪の存在と魔術無効化手段を有する敵がいるなどと!」


 憎々しげに僕を睨むとアシュケムはねじくれた杖を振りかざした。


「おい!抵抗するな!」


「忌々しいがワシには分が悪い!聞けば貴様、メニヒに子供扱いされたようではないか。貴様の相手はメニヒがやればよいわ」


 く、なにげにトラウマ抉りやがって。


「……」


 何言か呟くと、杖から急激に魔力が高まった。


 まずい、これはマジックアイテムか。


「ワシは去ぬるぞ。メニヒと遊んでおれ。飛翔(フライ)!」


 アシュケムは言うだけ言って、物凄い速さで飛んでいった。


 脱出用のアイテムだったのか。




「総員撤収!後衛を回収したら一気に戦場を離脱します!敵本隊が来ます!」


 残敵掃討中の味方に号令、隊列を整えて一気に離脱にかかる。


「ダナード!味方被害を報告!」


「はい!死者4名、メルレン隊3名、ジレコ騎士団1名。重傷者6名っス!」


 ついに死者が出てしまった。


 奇襲とはいえ今回は明るい時間にまっすぐ仕掛けた。


「メルレン殿、味方の被害なくして勝とうというのはムシが良すぎるぞ」


 ジレコ伯爵が僕の顔色を察して早速フォローしてくれる。


「わかっています。僕は特別じゃない、そんなことはできないってわかってはいるんですが…」


「貴殿が特別でないというなら伝説の英雄もほとんど凡人だろうな」


 英雄なんてとんでもない。


 僕にはチート能力なんてないのだもの。


 でもラノベじゃない英雄にはチート能力はない。


 チート的な能力がある場合はあるけれど、だいたいは皆苦労して、泣いて笑って、仲間と力を合わせて成し遂げる。


 そう考えてみたら力があるけれど、特別な存在ってわけじゃないんだな。

 

 本当にチート能力のある存在が、なんの苦労もなく魔王を倒したってそこにはなんのドラマも生まれない。


 

 いや、でも死んだ人間はどうしたって返ってこないし、僕が戦場に追いやったことには変わりはないのだが。


 そうして僕はまたいつもみたいな取り留めの無い思考に陥っていった。

ちょっと活動報告でも触れさせて頂きましたが、スコッパー速報様で取り上げていただき、びっくりするほどお気に入りをしてもらえました。


本当にありがとうございます。

今夜は旨い酒になりそうです^^


また読んでやってくださいね。

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