第三十三話 「地獄」
お、遅れてしまいました。
雪のせい!ではありません。
ちょっと父が入院したせいもありますが、私が怠けたのが一番の理由です。
懲りずに読んでやってください。
ハンス・フルーエ・ワーデルガー視点
「全隊停止!停止ー!」
前列から隊長の号令がかかり、私はあわてて手綱を絞る。
まもなく敵拠点のはずだ。また何かあったのか?
そう、まただ。
我々は最強無敵のイダヴェル帝国剣術団アークロイガーの中でも至強の第一軍、メニヒ・ウォーレンナック大将軍の率いる軍勢であるはずだ。
属国でありながら恭順に応じなかったコルベインに対する懲罰戦では、文字通り鎧袖一触であった。
戦意でも装備でも常時敵を圧倒し、付け入る隙を与えなかった。
だがどうだ。
バルディスとの戦いでは、緒戦において勇士チェスター将軍を失い、過日の敵掃討作戦でも被害を出して一方的に敗退した。
聞けば敵将は奸佞邪智の輩であるという。
さもありなん。
そうでなければ槍術の達人であったチェスター将軍が敗れるはずはない。
おまけに卑劣にも毒を使うなど人の所業とは思えぬ。
いやエルフであったか。
いかにエルフとはいえ、かように邪悪な者は聞いたことがない。
先日の掃討作戦も願い出て参加したものの敵は杳として知れなかった。
どのような罠も私の騎兵突撃で粉砕せしめたものを。
騎兵が馬上で武器を扱うのは難しい。
それを可能にするのはただただ修練である。
栄光あるイダヴェルにはその日々の鍛錬を惜しまぬ者ばかりだ。
私も騎兵槍の鍛錬に明け暮れ、試合でも多くの勝ち星をあげた。
かのエルフの軍勢を捜索する部隊が募集されると聞き、ラウザー五百騎長に進言して志願を申し出たが既に隊長も充分やる気でいた。
前日の探索で痕跡があったあたりから進路を予想し、昼から夜半まで野となく森となく駆け回った。
しかし何も得るものはなく、帰投の遅れていたカッセル隊は完膚なきまでに叩き潰されて項垂れて帰ってきた。
我々は幾度かの邪悪なるエルフに煮え湯を飲まされれば済むのか。
輝かしいウォーレンナック大将軍の武名に傷をつけるのはなんとも耐えがたきことだ。
弟のアリエンはとても聡明だ。
学校での成績も驚くほどいい。
行儀見習いで奉公したサイレン将軍にいたく気に入られ、従卒として軍に同行している。
兄の自分から言うのもおかしいが、懐いていてかわいらしい奴だ。
もし万が一にもアリエンの身に危険が及んだら、と思うと気が気ではない。
王道たる侵攻作戦においてアークロイガーがバルディスに遅れを取るはずはないが、奇策を弄して中陣以降に危害が加えられることが無いとはいえない。
そうならぬ為にも可能な限り早く、あのエルフを討たねばならぬ。
その矢先だ。
この先の敵の拠点に何かあったらしい。
突然の停止に隊列はやや混乱し、伝令が飛び交う。
そのうちの一人を捉まえて問い質す。
「何があったのか!」
「はい!前方の敵城に敵が発見されました!」
敵城に敵がいて何を慌てるのか。
「そんな当たり前のことで隊列を止めたのか。手順通りなぜ前列は進撃せんのだ!?」
「は!それが様子がおかしいようです!」
要領を得ない。
「もういい!行け!」
「はい!」
私はラウザー隊長に許可を取り、先頭へと物見へ走った。
先頭は騒然としていた。
しかし大騒ぎというのではなく、戸惑いと逡巡がざわめきとなっているような感じを受けた。
見れば参謀部の物見、作戦部の物見まで来ていた。
「貴様は!?」
先陣先鋒の隊長から誰何を受け、答える。
「は!自分はラウザー五百騎隊より派遣された物見、ハンス・フルーエ・ワーデルガー五十騎長であります!一体どういう事態ですか?」
「まあ、見ての通りだ」
隊長の指し示す方向には敵の居城が見える。
たしかジレコ伯爵の居城のはずだ。
しかしその門は大きく開け放たれ、中には山積みの物資が見える。
「なんでありますか?あれは」
正直違和感しか無かった。
「参謀部も作戦部もお手上げのようだな」
誘っているようにしか見えない。
敵の姿はまったく見えず、物資まで置いてある。しかもこれ見よがしだ。
南部の最初の街では酷い有様だった。
致死毒や麻痺毒が仕込んである食糧が混ぜられており数十名が犠牲になった。
あのように置いてある物資など恐ろしくて手をつけられない。
有り体に言えばあの居城にはまた罠が仕掛けられている可能性が高いとみて然るべきだ。
「なんだ!?」
ざわめきが大きくなった。
場違いな物悲しいハープリュートの音が辺りに流れ出す。
その出所は城の高楼だった。
そのハープリュートを手にしている者は・・・
「!!」
あのエルフだった。
皆もそれに気づいて緊張が走る。
エルフは高楼の段に腰掛け旋律を奏でている。
そして聞いたことのない異国の言葉で唄を歌い始めた。
(なんという歌声だ)
不覚にも聞き惚れてしまうほど見事なものだった。
流れる調べは高くあるいは低く、しばしそれを聞く者の心をつかんで離さなかった。
異様である。
15万の軍勢を前に門を大きく開け放ち、食糧を積み上げ、楽を奏でる。
(罠ではないのか?)
無論誰もが考えることだった。
ここまでこのエルフにいいようにあしらわれてきた感覚しかない。
この場に張り巡らされている罠がいかようなものであるのか、あえてそれに飛び込み食い破ってみせようとは私を含めた誰もが思わなかった。
(どうする?)
参謀部もこの場では決めかねるらしく、結局は上官のところへ報告を持ち帰った。
しばらくして参謀部と作戦部の合同で通達が出され、
『山間部に迂回路があるためそちらより進軍せよ』
とのことだった。
妥当な判断だろう。
先陣でハープリュートを鳴らすエルフを睨み付けていた私もラウザー隊長のところへ戻った。
「不甲斐ないことだ、とばかりも言えんな。これまでのザマを考えれば」
「残念ですがその通りかと」
報告を受けたラウザー隊長も首を振った。
全軍転進が開始され、隊列を四列縦隊に組みなおしつつの進軍になった。
私はもう見えなくなった背後を振り返りながら必ず雪辱を果たすことを誓った。
(まてよ?もし、もしだ。あそこにいたのがあのエルフ一人だったとするならば、あやつは一人で15万を退けたことになる・・・!)
ふと浮かんだ考えに慌てて首を振る。
(いや、あるわけがない!そんな馬鹿げたことが。それで攻められれば一瞬にして命を落とす、そんな中で平然と楽器を弾くなどという・・・)
しかしどうも嫌な考えが拭えぬまま、私は隊列を組むしかなかった。
アリエン・ワーデルガー視点
「またあのエルフの騎士なのですか?」
僕の問いかけにサイレン将軍は辛そうに頷いた。
「うん、彼はよくよく我々にご執心のようだね」
進行方向の敵城にあのエルフの騎士が現れたというのでイダヴェル軍は大騒ぎになっている。
問題はたった一人でいるということだ。
「罠でしょうか」
「十中八九そうだろうね。でも確かめる術はないんだ」
「どうしてですか?」
「例えば罠があるかもしれないところをアリエンが調べてきてほしい、と言われたらどうする?」
「命令なら仕方ないですけど、嫌ですね」
「そうだろう。誰しも死んでしまうかもしれないところ行けと言われても行きたがらないのは当然だね」
うん。確かにそうだ。
「そこにこういう罠がある筈なので、行ってそれを打ち破ってくれという命令ならば通るかもしれないが、あるかどうかわからない、どういう仕掛けかもわからない罠なんか行ったってひっかかるのがオチさ。我々はあの城に罠があるのかどうか、あるのならどういう罠があるのかということを見破れない時点で既に負けているんだ」
「負けなのですか?じゃあどうするのですか?」
「幸い脇道がある。山道なので越えるのに時間がかかるけれど、そうやって我々の進軍速度を遅らせるのがあの騎士の狙いなのだとしたら、まんまとしてやられたことになるね」
僕たちは山道に入ってのろのろと進んでいく。
でも僕には少しおかしいなあと思うことがある。
「サイレン将軍、少しいいですか?」
「ん?なんだい?」
「あの敵の城は分かれ道の少し先にありましたよね」
「うん、そうだね」
「だとしたらあの騎士は分かれ道があるのを知っていて罠を仕掛けたということになりますよね」
「知っていただろうね」
「二つの道があって、片方にはあからさまな罠を仕掛けます。すると敵はどうしますか?」
「我々のように反対側に行く・・・まさかアリエン!」
「僕は思ったんです。敵を山道に行かせるためにあのエルフの騎士が姿を見せたのだとしたら本物の罠は山道にあるのではないでしょうか」
「・・・よく気づいたね。まずいな、先陣が危険だ!誰か!伝令だ!」
サイレン将軍は伝令に声をかけようとしたが、その時辺りに轟音と怒号が聞こえてきたんだ。
僕は気がついた。
僕がエルフの騎士の狙いに気づくのが遅すぎたんだってことを。
メルレン・サイカーティス視点
「うはー!凌いだーー!死ぬかと思ったよ!」
見えなくなったイダヴェル軍を見送って、念のため戻ってこないか確認すると僕は急いで移動準備を開始する。
本番はこれから。
戦争につきものとはいえ、これから敵に多大な犠牲を強いる。
そりゃ気持ちのいいものじゃない。
普通は忌避感があるだろう。
でもメルレンの頭は、これが戦争で人類がそれを繰り返してきたということを非常にかつ非情に納得している。
その割り切り方はドラスティックだ。
結局僕もそれにつられているだけなのだ。
人の死に対する感覚がちょっと麻痺している。
気をつけないとおかしくなるかもしれない。
それはさておき。
「加速!」
急いで身支度すると、イダヴェル軍に先回りするため加速して、森の中の獣道をショートカットする。
自慢の玉の肌がイバラ傷だらけになるが構ってはいられない。
いそげいそげ!
「メルレン殿!お早いおつきですな!」
「ええまあ急ぎました。首尾はどうですか?」
「万事抜かりなしというところでありましょう!」
バクスターと一言交して、指揮をする場所に移る。
「メルレン様、ご無事で」
「ランベール、状況を説明してください」
「はい、現在イダヴェル軍先頭は山腹にかかったばかりとのことで、先頭が切通しを抜け森に入るにはまだ1時間余を有するとのことです。また味方準備状況は完了しており、点火班と補助する火矢の部隊、第一切通し
および第二切通しの封鎖班も準備できています」
「わかりました、我々は遊撃班としてこのまま待機します」
「了解です」
さて申し訳ないがここに地獄を出現させるよ。
崖の上から進軍中のイダヴェル軍を観察。
四列縦隊で規律を持って進む様子が見える。
森の道は曲がりくねりながら約3km。ここを四列で3m間隔の部隊が進軍するとなると単純計算で約4000人。
騎馬は3mでは無理だろうが、逆に歩兵は1.5m程度の間隔でも進軍できる。
隊列の間隔を見ると疎とは言えないが密とも言えない。
先頭は騎馬隊が1000騎ほど。その後方に重装歩兵隊、槍兵隊、通常歩兵隊などが続く。
「第一軍の8割程度が盆地に入る計算ですね」
「メルレン様は目が利くのですね」
連れてきたアル君にはそこまで詳細に見えないらしい。
「エルフは視力が人間よりいいのでそのへんはまあ仕方ないとこです」
僕らの背後に控えているのは盆地出口の切通しに落石計を仕掛ける第二封鎖班。
入口側の封鎖班はダナードが指揮を執る。
落石計に使う大きな岩を運んだ苦労話を先日ジレコ伯爵からさんざん聞かされた。
傾斜がきつく、整備もされていない山の斜面をころと人馬を使って少しずつ押し上げたそうだ。
おかげで崖の上には切り通しの通路を塞いでしまえるだけの岩が準備されていた。
岩は木の柵によって押しとどめられ、柵は何重にもしたロープで支えられていた。
剣などでロープを順に切っていけば、やがて自重で柵を破壊し岩が崖下に転落するわけだ。
敵軍に気づいた様子はない。
間もなく先鋒が出口側の切り通しに到達する。
当初は目の前に落としてやることも考えたが、せっかくの大仕掛け。効率を考えるのは人倫にもとるかもしれないけど、この際言ってはいられない。
落石によっても敵に被害を与えるため、敵軍の通過中に落石計を発動させる。
それは本命の火計への警戒を強めないことにもつながる。
きっかけは目のいいとこで僕が出す。
先鋒の騎兵隊が現在直下に入り始めた。
潰すならやはり騎兵だろう。重装歩兵も厄介だけど、機動力というものは非常に重要だ。
落石で分断した場合、騎兵を丸ごと残すとその後の動きが読みづらい。
ここは騎兵に向けて仕掛けること一択だ。
隊列は騎兵の四分の一ほどまで進んだ。
僕はそこでサッと手を挙げる。
それを見て岩を留めるロープに剣が振り下ろされる。
轟音がした。
激しい地響きと土煙、そして悲鳴と怒号が辺りを支配した。
ただし崖下を確認する余裕はない。
おそらくあちら側からでは崖をよじ登ってくることは不可能だろうが、万が一ということもある。
周辺を警戒しつつ次手のために移動して粛々と進めなければならない。
隊列先頭の異変は遠望と音により伝播していき、後方へと伝わる。
統制は崩れ始めており、先へ進んで状況を確かめようとする者、後方へ退避しようとする者、立ち止まって情勢を見極めようとする者が混在した。
命令を下す立場の各小隊長から大隊長もどうしていいのかわからず、命令は統一されない。
こちらの狙いがまだわからないのだ。
僕の狙いは修飾を一切加えずに言うならば『殺戮』だ。
最初の落石からきっちり5分後、第二封鎖班が袋の入口を閉じる。
遠雷のような音が聞こえてきた。
イダヴェル軍の動きは先程言ったように進む者と戻る者がいたのだが、全体的には進軍していたことと状況をつかもうとする気持ちが働いていたせいで、進行方向へとベクトルが向いていた。
隊列は押されるように密になり、入口側切通し付近はちょっとしたパニックになっていた。
『崖から落石の罠』
この情報が後方に伝えられるには時間が足りなかった。
伝わっていれば退避していたかもしれない。
かくして胃袋型の盆地は噴門と幽門が閉じられ魔物の臓腑と化した。
僕はそこに胃液をまき散らす命令を出す。
事ここに至っては隠密性は必要ない。
「点火せよ!」
油と火薬、可燃素材でリレーされた火点に向かって火矢が雨のように放たれる。
複数の火の手が枯れ森に上がる。
それらは油などによってどんどんと森の道へと迫っていき、やがて隠蔽されていた罠に引火する。
ドオオオン!
それは最早炎上ではなく爆発だった。
火はあっという間に枯れ森を這い進み、取り残された軍勢を炎と熱に包んでいく。
熱気は遠く僕のところまで届いてきた。
「むごいな・・・」
思わず呟いた僕をアル君が悲しそうに見ていた。
アリエン・ワーデルガー視点
酷い。
みんな焼け死んでいく。
また何かあったようだ、と騒ぎが起こってからすぐに前方の崖が崩れるのが見えた。
崖まではまだまだ遠かったけど、あれだけ派手に崩れたのでよく見えた。
何人かが岩の下敷きになって潰れてしまったはずだ。
(罠!?)
うん、多分罠だ。
僕は自分のいやな予感が当たったことを知った。
そして火が放たれた。
油かなにかで充分に燃やされている。
崩れた岩の向こうでは助けを求める声が聞こえる。
工作部隊がすぐに呼ばれ、岩をどかす作業に入ったが、岩が大きいうえに熱でだんだん熱くなってきてなかなか捗らない。
そのうちに火の勢いが弱くなってきたようだ。
まだ生きている人はいるのか、僕はドキドキして見守ることしかできなかった。
「ちくしょう!火は弱まったのになんて熱気だ!」
岩に近い人が大声で言っているのが聞こえた。
その時僕はハッとした。
昔近所の家が火事になった時を思い出したんだ。
一生懸命近所の人たちが火を消そうとしていて水をかけていたら火が弱まった。
それで中を確認しようとして、一人がドアを開けようとした時に言った。
「火が消えたってのにやたらと熱いな!」
そしてドアを開けて数秒後、消えたはずの火がドアから外に向かって爆発したみたいに噴き出し、ドアをあけたおじさんは火だるまになって死んでしまった。
「なんてことだ・・・バックドラフトかよ・・・」
駆け付けた火消の人がそう言っていた。
「サイレン将軍!バックドラフトの可能性があります!みんなを避難させて!」
「バックドラフト?」
「火事の時に空気がなくなって火の勢いが弱まったときに急に空気が入ると火が噴きだしてくるんです!」
火消のおじさんがそう言っていた。
きっと平地が急激に火事になって一時的に燃えるための空気が足りなくなって火が弱まっているんだ。
そこに空気を与えたら・・・
「わかった。伝令!」
サイレン将軍はすぐに工作部隊に向かって指示を出してくれた。
でも・・・
「馬鹿野郎!焼け死にそうになっている仲間を見捨てろってのか!一刻を争う状況だぞ!」
工作部隊の隊長はもうすぐ岩を動かせそうになっていたせいもあって言うことを聞いてくれなかった。
まずい、僕の心配が本当にならなければいいのに・・・
「すまない、アリエン。彼らはウォーレンナック大将軍の直接の命令で動いているんだ。今から命令変更をする時間がない・・・せめて回りの人間を後退させる!」
サイレン将軍の命令でほかの部隊が岩から離された。
(お願い。どうか心配だけで終わって!)
「よし動くぞ!待ってろ!今助けてやるからな!」
大きなテコの棒でついに岩が動いた。
煙がもうもうと出ているが火は出てこない。
(よかった!)
ほっとした時だった。
ごおおっと音を立てて火が工作部隊の半分ほどを火に包んでしまった。
(そうだ。あの時も少し経ってから火がでてきた)
まわりの人間はあわてて駆けよりなんとかして火を消そうと四苦八苦している。
「水を持ってこい!」
指示が飛び、何人もの人が駆け回る。
(僕はなにもできなかった・・・)
僕は体中の力が抜けたようになり、その場に座り込んでしまった。
「アリエン・・・」
サイレン将軍が僕を優しく抱きしめてくれた。
いつもありがとうございます。
最近お気に入りしてくださってる方の数が減らないのですごく嬉しいです♪
ちょっとヘビーな話になってますが、まあ戦争ですし・・・
また読んでやってください!




