王都学園・校長棟の会議室。
会議室の扉が閉まった瞬間、空気は冬の石畳のように冷えた。
天井から垂れ下がるシャンデリアの光は、黄金色ではなく、白々とした無機質な光沢を放っている。
長大な楕円卓は磨き上げられ、そこに腰掛ける者たちの表情を鏡のように静かに映していた。
学院長、副学院長、生活指導部長、学園牧師、心理相談室長。
王都学園の秩序を形成し、矯正し、指導し、救済するために置かれた——
制度の言語そのもののような人間たちが揃っている。
席次は厳格だ。
発言権は順列に従って回る。
議論は議題に沿ってのみ進む。
彼ら自身の意志は不要、ただ社会的役割を口にする器であればよかった。
だが、本日の議題は一行だけで終わっている。
「ユーフェミアに関する対応」
議題欄にはそれだけ。細かい補足すらない。
それでも誰も口を開こうとしなかった。
時計の針が一度だけ鳴る。
前回会議から一週間が経っている。
その間、ユーフェミアは——何もしなかった。
彼女は暴れもせず、泣きもせず、誰かを糾弾することもなかった。
寄付を誇らず、匿名性を解かず、授業に出席し、昼休みには校庭の片隅で日向を探していた。
事件は発生せず、成果も産まれず、物語も生まれない。
副学院長が資料をめくる。紙の擦れる音だけが部屋に響く。
資料の大半は空白だった。
報告事項は「特記事項なし」。それが数ページ続く。
生活指導部長は椅子の背にもたれ、膝の上の拳を閉じたり開いたりしている。
あるいはその手に握るべき「罰則規定」を探し続けているかのように。
学園牧師は祈る姿勢のまま沈黙を保っていた。
彼の祈りが誰に届くのか、本人ですら理解していない。
心理相談室長は書類に目を落とし、眉間を押さえる。
彼らの想定する「ケア対象」は、心的外傷を抱えた者であり、悲劇の当事者である。
だがユーフェミアには傷がない。
少なくとも社会制度が認識できる種類の傷は存在しない。
学院長だけが顔を上げた。
その瞳には恐怖の色が浮かんでいた。
怒りでも苛立ちでもなく、もっと根源的な、
「制度に接続できない存在」への恐怖だった。
「……まだ彼女は立たないのか。」
その言葉は会議の開始ではなく、悲鳴だった。
反乱者であれば処罰できる。
犠牲者であれば救済できる。
英雄であれば称賛できる。
しかし彼女はどれでもない。
ただ静かに、役割を拒絶したまま存在している。
楕円卓の一同は、己の心臓の鼓動だけを聞いていた。
制度の歯車は、ユーフェミアによって止められたのではない。
彼女が歯車の外に立っただけで、勝手に空回りを始めたのだ。
その沈黙は、いかなる議題より雄弁だった。
そして誰も、その沈黙に言葉を与える勇気を持ち合わせていなかった。




