生徒会 ― “慰める理由がないヒロイン”
王立学園生徒会室。
磨かれた長机の上に、議題が一枚だけ置かれている。
《ユーフェミア支援イベント案》
書き出しは勇ましかった。
“慰めの花束贈呈式”“励ましのメッセージ募集”“寄付者への感謝会”。
だが紙面の中央でインクは途絶え、余白だけが広がっていた。
議長は額に手を当て、呻くように言った。
「何を…慰めるのだ?」
沈黙。
書記が慌てて資料をめくる。
だがそこには何一つ“傷”が存在しない。
ユーフェミアは追放されていない。
いじめられてもいない。
孤児院も倒壊していない。
彼女はただ、必要なことをして、静かに息をしている。
悲劇的ヒロインという役割が成立しない。
広報担当が声を絞り出す。
「せめて表彰式を……善行を讃える――」
即座に返答が落ちた。
「本人が望んでいません。」
「理由は?」
「……ありません。」
会議室の空気が音を失った。
議長の手元のペンが、机を叩くことも拒む。
彼らはその瞬間、理解してしまったのだ。
悲劇も栄光もない人間は、舞台の外にいる存在だ。
慰めの対象にもなれず、
喝采の器にもならない。
拍手も涙も受け取らない存在は、
観客席の欲望を根こそぎ否定する。
生徒会副会長は震える声で言う。
「我々は…彼女に対して“何かをする”ことを前提にしていた。
でも、彼女は何も求めていない。」
議長は目を伏せる。
自治は負の出来事を回収し、正の儀式で消費する装置。
だが今回、その“材料”が存在しない。
燃料なき焚き火は、ただの石の囲いだ。
議題は破り捨てられなかった。
ページが一枚、宙に浮いたまま机に沈黙を撒く。
その沈黙は、敗北より重い。
祝福も同情も届かないヒロインは、
人々が辿るはずだった物語を拒絶する。
拍手喝采という社会的消費行為そのものを、
一言の拒絶すらなく封殺していた。




