朝の邸宅:音の薄い世界
夜の影が薄く溶け、朝の光が天蓋を透かして侵入する。
その光は鋭さを帯びることなく、絹に浸透する染料のように、寝室の空気へ静かに浸っていった。
部屋には時計の音がない。
かわりに、廊下の深い絨毯が足音を吸い込み、かすかな押し殺した振動だけを床に伝える。
それが近づき、扉の金具がためらいなく回った。
侍女が先に身を滑らせ、一礼。
その背後から、執事クラウスが姿を現した。
痩せた輪郭。わずかに年齢を感じさせる白髪。
燕尾服は筆で描いた直線のように乱れがなく、胸元の金鎖は音を立てない。
彼の声は小さく、それでいて言葉の端だけが権威の輪郭を持っている。
「お嬢様。本日は王立アルコル学院入学式にございます」
寝台の上では、ユーフェミアが静かに呼吸している。
天蓋が生む乳白色の陰影の中、その横顔はやけに平穏だった。
彼女にとって、今告げられた言葉は全く別の意味を持っている。
式典や社交、序列や未来の象徴ではなく、単にスケジュール欄に書かれた予定のひとつに過ぎない。
前世のオフィスで鳴っていた通知音も、急ぎを催促するメールもここには存在しない。
この世界では、朝日はただ柔らかく、執事はただ予定を告げる。
ユーフェミアはその違いに気づかないまま、もう一度まぶたを閉じた。
眠りの余白こそが、彼女にとって最も重要な現実だった。




