学園新聞 ― “記事にならない出来事”
王立学園新聞部の部室は、夕暮れの教室のように色味を失っていた。
紙の束は積み上がり、インクの匂いだけがむなしく漂う。
――しかし誰もペンを動かさない。
机の中央に置かれた会議メモには、赤い字でただ一行。
「匿名の寄付」
その下は白紙だった。
部長のセシルが腕を組み、沈む声で言う。
「主語がない。誰を主人公に据える?」
副部長は神経質に眼鏡を押し上げる。
「“ユーフェミアが怪しい”……で記事にする?根拠は?」
「彼女の性格?」
「それは悪意ある読者の妄想と同じだ」
沈黙が、蛍光灯の唸りだけを浮かび上がらせた。
新聞という生物は、血の通った“物語”を餌に生きる。
犯人、被害者、失敗、陰謀、悲劇。
心臓を打つ衝撃がなければ紙面は呼吸できない。
だが今回の寄付は――
事件でも疑惑でも悲劇でもない。ただの“達成”。
新人記者の少女が、震える声で提案する。
「…でも、校舎の修繕は完了してます。
孤児院への教材も届いたって。写真も――」
そこで全員の視線が止まった。
その写真は、誰も写っていない寄贈品の山。
英雄の後ろ姿も、握手する瞬間もない。
ただ結果だけが、静かに積まれていた。
「…記事にならない。」
部長の言葉は判決のように落ちた。
新聞は、物語的構造を欠いた善を受け止められない。
ドラマは終幕であり、完了は結論であり――
開始も葛藤もない物語は、書く余白を奪ってしまう。
誰も功績を主張せず、
誰も称賛を求めず、
誰も糾弾されない。
その均衡は、部員たちの激情をすべて無効にした。
やがて校庭に日が沈む。
印刷機は一度も稼働しなかった。
新聞は沈黙を選択する。
その沈黙が、読者たちに最も重く、長く響くことを
彼ら全員が理解していたからだ。




