ユーフェミアの突然の訪問 ― 「舞台外の人間」
数日後。
孤児院の門扉は、いつものように朝の湿り気を含んでいた。馬車の轍はどこにもない。冬に咲いた花のように、ただ一人の少女がそこに立っていた。
「ごめんください。」
小さな音だった。呼びかけというより、戸口の温度を確かめるようなノック。院長が扉を開ける前に、子どもたちが気づいた。警戒より好奇心が勝る年頃だ。彼らは外套の裾を掴み、彼女を囲む。
ユーフェミアは微笑むでもなく、困惑するでもなく、ただ膝を折った。視線が子どもたちの高さに落ちると、言葉が降りてきた。
「寒いと眠れませんよね。毛布があれば、夜は静かに過ぎるはずです。」
それは説明ではなく、天気の話のような響きだった。誰かの名前を挙げる必要も、帝都の事情を持ち出す必要もなかった。
院長が後から現れた。眉間の皺を整えながら問いかける。
「差出人は――?」
その問いに、ユーフェミアはわずかに首を傾けた。肯定の頷きでも、否定の首振りでもない。沈黙の形だけを残す。そして、それが返答なのだと悟らせる。
受け取ったのは、毛布の束とほんの少しの食料。献金の証書もリボンの封もない。院長の視線がそれらに吸い寄せられているあいだ、子どもたちは彼女の裾を引っ張っていた。彼女の指先は、誰の頭も撫でなかった。代わりに、袖口を直すように子どもの肩を整えた。
帰り際、門を閉じる前に彼女はふと思い出したように言った。
「……パーティはいらないのでは。音楽のない寄付は静かで良いと思います。」
それだけ。
たとえ話もなく、理念の宣言もない。善の意味を説明する義務を帯びた者の声音ではなかった。彼女は名乗らず、礼も求めず、舞台の照明を拒絶したまま立ち去った。
門が閉じる音のあと、ただ白い息だけが空に残った。孤児院の子どもたちは小声で囁き合う。誰かの英雄譚が生まれる前の、まだ名前を持たぬ噂の種のように。
院長だけが理解していた。
――観客を必要としない善は、舞台の外にしか存在しないのだと。




