幕引き ― 音のない崩壊
事務官は淡々と記録簿に線を引いた。
紙を閉じる音は、会議の死を告げる鐘の代わりとなった。
「……議題が成立しないため、本会議は散会とする。」
その言葉は正しい。
あまりにも正しいがゆえに、誰も反論できなかった。
椅子が軋む音が立て続けに鳴り、
だがそれは逃げるようでもなく、
敗北を認める足音でもなく、
責任を探す視線から互いを避ける卑小な音だった。
誰も目を合わせない。
誰も言い訳を持たない。
そもそも、言い訳というほどの行為すら存在しないのだ。
廊下に出ると、待っていたのは別の沈黙だった。
白い壁に貼られた一枚の大判ポスター。
金の縁取り、鮮やかな赤、慈善パーティの開催予定。
中央に微笑むユーフェミアの肖像。
柔らかな笑み。
穏やかな眼差し。
涙がない。
その一点が、彼らの期待を粉々に砕く。
「……泣いてない。」
誰ともなく呟いた声は、壁紙に吸い込まれて消えた。
脅迫は拒絶された。
恐怖は成立しなかった。
悲劇は演出されず、役割は崩壊した。
ユーフェミアは被害者でなく、ただそこに存在する人間に過ぎない。
彼女は救済を必要としない。
救世主を求めない。
涙を提供しない。
その瞬間、参加者たちは悟る。
――善意とは、悲劇という舞台が存在するときだけ成立する虚飾だったのだ。
悲劇なき世界での慈善は、
助ける手ではなく、
自己陶酔の行き先を失った空虚な手の群れだった。
ポスターの微笑みが、彼らの背中を静かに照らす。
笑顔という無言の拒絶。
英雄譚の外側に立つ少女の存在。
誰も言葉を残さず、その場を離れた。
音はどこにもなかった。
崩壊は、音を立てずに完了した。




