周囲の反応:優しい混乱
眠りに落ちた令嬢を前に、侍女たちは視線を交わし合った。
天蓋の薄布が微かに揺れるたび、乳白色の光が寝台の縁に滑り込む。
「……お嬢様が、泣いておられました?」
囁きは、綿を濡らしたように柔らかい。
問いを発した少女は、手の甲に宿る微振動すら恐れるかのように指を握りしめた。
「涙を……」
もう一人が続ける。
「ご体調が崩れて……? 病をお召しに?」
悪役令嬢——この屋敷の誰もがそう呼ぶべき存在。
苛烈、傲慢、飽くなき要求。
命じるは容易く、労わるは他人の役目。
それが前提であり、扱い方の答えでもあった。
だが、今目の前の少女は違う。
顔を伏せ、枕にすがり、涙を落とし、幼子のように眠っている。
その姿は、侍女たちが知るどの「お嬢様」にも一致しなかった。
「医師を——」
最年長の侍女が半歩進み、呼び鈴へ手を伸ばす。
だが途中で止まる。
寝台の上から聞こえる規則正しい寝息が、指先を再び引き戻した。
それは弱々しいものではなかった。
喉を傷めた者の荒い呼吸でもない。
深く、落ち着いた、回復へ向かう呼吸だった。
天蓋の布がまた揺れた。
開け放たれた窓から吹き込む風が、花蜜の香とともに室内を撫でる。
空気は澄み、寝室は静寂を受け入れる器のように穏やかだった。
「……今は、起こすべきではありませんね」
小声で言った侍女の瞳は、驚きの奥にかすかな慈しみを宿していた。
「怠惰ではありません。お嬢様は……お疲れなのです」
その言葉は、誰に説明するでもなく、誰かに許しを乞うでもない。
ただ、眠り続ける少女を守るための理由だった。
寝息は絶えず、外の喧騒はどこにもない。
風と布の音だけが室内を満たし、
侍女たちは静かにその場に佇んだ。
——いまのお嬢様は、眠るべきなのだ。
誰もがそう思い、誰も異を唱えなかった。




