会議の破綻 ― 代替案の滑稽さ
最初の沈黙を破ったのは、銀髪の伯爵夫人だった。
彼女は遠慮がちに笑みを浮かべながら、しかし指先は机の下で小刻みに震えている。
「事故に遭わせるわけにはいきませんわ。
――けれど“誤解”なら、誰の手も汚れません。」
途端に目が輝く者がいた。
名門法学者の息子であり、慈善団体の理事でもある青年が、うなずきながら続ける。
「そうですとも。名誉を損なう噂なら自然です。
第三者が勝手に広めた――という形にすれば、彼女も心を痛めるはず。」
その場にいた誰も、発言の異様さを指摘できなかった。
善を守るために悪意を捏造する。
その倒錯は、燭台の炎を通した影のように、長く伸びたまま誰の足元にも絡みついていく。
「涙は証拠だ。彼女が泣けば、寄付は集まる。」
「泣くに足る理由を作るべきだ。――貴族として、責任を持って。」
呼吸のように自然に言葉は転がる。
善悪の境界はすでに摩耗し、机の上で粉になって吸い込まれていた。
だれも命令を下せないのは、罪悪感ではない。恐怖だ。
彼らは理解している。
ユーフェミアは、もはや物語の内部にいない。
脅迫状を開封せず、悲劇の台本を拒否した瞬間――
王都の芝居に敷かれた軌道から、彼女は軽やかに降りてしまったのだ。
「泣く理由を与えようとするほど、
涙を演出しようとするほど、
我らは滑稽に映るのでは?」
誰かが口にしたその言葉は、氷のように冷たかった。
広間の空気が一瞬だけ凍りつく。
悲劇を与えれば与えるほど、
それを必要とするこの会議そのものが、
巨大な道化の構図になる――。
ユーフェミアは役割を拒んだのではない。
役割という概念そのものの外側に立った。
――だからこそ、貴族たちは叫びながら沈んでいく。
絢爛たる衣装をまとったまま、
自らの手で用意した偽りの悲劇の泥沼へ。
そして誰も気づかぬまま、最後の幕はすでに下りていた。




