派閥の分裂 ― 正義を求める者と演劇を求める者
大広間に並ぶ椅子は二つの陣営に割れた。
敷き詰められた絨毯の中央に銀の燭台が立ち、炎は静かに揺らぎながらも、参列者たちの声に陰影を与えていた。
「泣かぬのは、未熟な証左だ。」
先に声を上げたのは、嫡男を三人抱える名門バルドゥス家の当主である。
椅子の背もたれに指を叩きながら、彼は淡々と語った。
「王子殿下に救われた娘であれば、その恩を涙で示すのが自然だ。
感謝も恐怖も見せぬとは、いささか態度が横柄である。」
その発言に、彼を支持する者たちが同調する。
白い手袋が輝くほど拍手を打つ者、眉を吊り上げながら義憤を語る者。
彼らはユーフェミアを**“導かれるべき姫君”**の役に押し込め、そこに居心地の良い構造を築く。
彼女が沈黙を貫くたび、彼らの信仰は歪んだ救済の形を取って膨張していく。
対して、もう一方の席では囁きが交わされた。
豪奢な扇の陰で交錯する青い瞳、計算に満ちた声色。
「寄付者を集めるには、心を揺らす悲劇が不可欠です。」
「彼女の涙が舞台の幕を開く鍵なのです。」
——王家のイメージを磨く宝石細工師。
——社交界に人脈を編み込む投機家。
――王都を“感動の劇場”に変える興行師。
彼らにとってユーフェミアは、顧客の涙を喚起する装置であり、人格ではない。
脅迫状の封を切ろうが破ろうが、恐怖の真偽などどちらでも良い。
必要なのは、「弱く震える少女」という購買可能な物語の供給だ。
Aは信仰の名で支配を望み、
Bは計算の名で感情を収奪する。
どちらも、ユーフェミア本人の意志を見ていなかった。
彼女がどのように息をし、どのように歩み、どんな言葉を心に抱くか――
そんなことは、会議のどこにも議題として存在しなかった。
沈黙だけが、広間の高い天蓋に昇っていく。
やがて誰かが気づくだろう。
ユーフェミアが泣かぬのではない。
この王都こそが、彼女に泣く価値を示せていないのだと。




