場面の締め — 空虚の自覚
王子は椅子に深く沈み込んだ。
背もたれが軋む音だけが、執務室の静寂に爪痕を残す。
瞳は天井でも机でもなく、どこにも焦点を結ばない宙に漂う。
しばらくの沈黙のあと――
ライナーの唇が、弧とも亀裂ともつかない線を描いた。
「……英雄とは、誰かを救う者だ。」
声は掠れていた。
威厳でも怒りでもない。
自分の言葉を、自分で聞き取れなくなった者の声。
「誰にも救いを求められない私は……何だ?」
従者は息を止めた。
慰めの語彙はこの部屋に存在しない。
否定の言葉は王子を壊し、肯定の言葉は虚構を蘇らせる。
どんな回答も破壊の着火点になる。
だから従者は黙った。
沈黙は臆病ではない。
弔いにも似た防御だ。
王子は笑った。
それは喜劇に遅れて反応した観客のように、
滑稽で、居場所を失った笑いだった。
その瞬間、主従の関係は微かに反転した。
従者は王子を導く者ではなく、王子の崩壊を見守る監視者となった。
そして王子は――
英雄の役を奪われ、舞台袖に立たされた観客に変わった。
執務室の空気はさらに冷え込む。
扉は開かれず、誰も入ってこない。
世界はこの部屋の外で続いているというのに、
ここには物語が始まるための悪も、
物語を終わらせるための救済も存在しなかった。
ただ、役を失った男が、
自分という劇場の空席を見つめていた。




