全体反応 — “敵にも被害者にもなれない”
沈黙は、ゆっくりと教室を満たしていった。
誰かが呻き声を上げるわけでもなく、紙が破られる音が響くわけでもない。
ただ“何も起きない”という事実だけが、石柱のように場を固定している。
教師は、視線を封書へ落としたまま指先を宙で止めていた。
指導すべき相手は――存在しない。
脅迫に怯える生徒でもなく、挑発に黙って耐える弱者でもなく、
規律を踏みにじる反抗者でもない。
ユーフェミアはどの枠にも入らない。
教師(心の声)
「叱れない……叱る根拠がない。
彼女はルールを破っていない。
ただ……ルールより外を歩いている。」
生徒たちは互いに目を見交わすが、共感の回路は成立しない。
脅迫状を“怖いもの”と認識した瞬間、自分が敗者になる。
だが、ユーフェミアは怖れない。
それどころか、机を安定させる道具に変換した。
だから彼らは彼女に寄り添えない。
恐怖を共有できない対象に、憐憫は成り立たない。
教室の隅、不良貴族の挑発者は蒼白になっていた。
自分は刃を投げたつもりだった。
だが標的は刃を拾い上げ、“紙の厚み”として測定したのだ。
不良貴族(心の声)
「勝ったのか? 負けたのか?
……どうやって判定する?」
勝利は敵の屈服で定義される。
敗北は自分の感情が砕かれることで成立する。
どちらも、ユーフェミアの前では発生しない。
怒りは燃料を奪われ、燃え上がらない。
憐憫は被害者を失い、寄る辺がない。
正義は悪を喪失し、剣を振るう相手を見つけられない。
――彼女は、劇場の観客ではない。
――劇場そのものを拒絶している。
ユーフェミアの行為は、脅迫の言語体系を使用しなかった。
**「これは恐怖を伝えるための手紙」**という前提を、受信側で切断した。
それは感情回路の主電源を抜く行為に等しい。
脅迫は成立しなかった。
悪も善も、舞台役者として立ち上がる必要を失った。
教室は静止し、ただ机の上で安定するノートだけが現実として残った。
そしてユーフェミアは言葉を持たずに宣告する。
「あなたたちの物語は、わたくしの生活を支える厚みに満たない。」
その意味を理解できた者は、誰一人いなかった。
理解できなかった者は、全員沈黙した。




