ユーフェミアの補足行動 — “目的の移し替え”
授業開始のベルが鳴る寸前、
ユーフェミアは手元のノートを指先で押し、数ミリだけ滑らせた。
机の上に広がる微かな振動は、まるで大陸のプレートが調整されるような静かな音だ。
ノートの下には、宛名のない封書。
“破滅”の予告を宿すはずだった紙片は、
今や彼女の机を支える薄い地層として存在していた。
ユーフェミア
「……いいわ。角も潰れていない。
品質の良い紙ね。
ふふ、厚みは脅威より役に立つ。」
声は独白にも報告にも聞こえなかった。
ただ、事実を述べただけ――
脅迫状は“恐怖の媒体”から“文房具”へと変換された。
彼女の指先は快適な角度を探すように机面を撫で、
安定を確かめると、何事もなかったかのように姿勢を整えた。
まるで、剣を研ぐ代わりに紙を選んだ魔術師のように。
教室の空気が揺れる。
脅しを仕掛けた側が最も望んだのは――
感情の強制。
怒り、怯え、反撃、哀願。
そのどれかが生まれれば、彼らの物語は始まるはずだった。
だがユーフェミアはその物語を、紙一枚で別用途へ換骨した。
脅迫状:事件の導火線
→ 机の水平を取るための支持材
恐怖:相手の支配への入口
→ 厚みを評価する対象
送り主:力を誇示する黒幕
→ 無名の製紙業者
物語の核が一瞬で失われた。
脅迫者の意志は、封筒の角と同じく未使用のまま保存され、
ユーフェミアの生活の“安定”に寄与するためだけに存在する。
その瞬間、教室に潜んでいた不良貴族たちは悟る。
恐怖を植え付けるはずの刃は、
彼女の机の脚に敷かれた平凡な楔でしかなかった。
誰も叫ばない。
誰も戦わない。
ただ一つ、脅威の意味だけが消えた。
ユーフェミアは姿勢を正し、視線を前へ向ける。
羊の図を描くために持った鉛筆が、再び静かに動き出した。
脅迫は完了しなかった。
完了したのは、机の水平調整だけだった。




