不良貴族の焦燥 — “仕掛ける側の敗北”
教室の最後列。
窓際の影に紛れて、二人の不良貴族が椅子を寄せ合っていた。
彼らは騒ぎを起こすためにここへ来たのではない。
反応を観測するためにここへいる。
ユーフェミアの机の下敷きになった封書は、
彼らにとっては導火線だった。
開封、叫び、通報――どれか一つでも起これば、火は上がるはずだった。
しかし、教室は平静のままだ。
彼女は鉛筆を持ち、羊の背中の曲線を塗り足し続けている。
脅迫の存在は、机の水平を保証する以外に意味を持たない。
不良貴族Aは指先を震わせた。
不良貴族A(小声)
「馬鹿な……。読ませなければ“恐怖イベント”が発動しない……?」
隣のBは必死に理屈を縫い合わせる。
憤怒、拒絶、あるいは教師への訴え――
どれか一つでも起これば、世界は反応するはずだった。
不良貴族B
「破り捨てられるか、罵倒されるか、教師に泣きつくか……
どれかで動くはずだ。そうでなければ筋書きにならない。」
彼らの視線の奥には、期待ではなく焦燥があった。
観測結果を報告しなければ自分たちの価値はない。
「挑発の成功」「被害の確認」「教師の動揺」――
そのいずれかが、王子陣営の存在意義を肯定する証拠になる。
だが、机の下敷きになった脅迫状は沈黙し、
ユーフェミアも沈黙し、教室も沈黙している。
不良貴族Aは歯噛みする。
不良貴族A
「……反応がない。
舞台に立ってくれなければ、俺たちの役割が……」
気づくのが遅すぎた。
脅す者と脅される者の関係は、恐怖を受け取る主体によって完成する。
ユーフェミアはその主体を拒否したのではない。
興味がなかった。
脅迫の世界観そのものに参加しなかった。
挑発者は舞台裏で準備を重ね、照明を整え、観客席を埋めたつもりだった。
だが幕を上げる前に、主演女優が劇場そのものを別用途に変えた。
彼らは舞台上の敗北者になれなかった。
敗北するにはまず、戦いが成立しなければならない。
不良貴族Bは視線を落とした。
声は掠れ、祈るようだった。
不良貴族B
「……どうやって報告する?
“敵は戦わなかった”なんて……」
沈黙。
それがすべての証拠だった。
挑発者は、観客席の存在価値ごと失われた。
舞台に上がる前から、敗北していた。




