表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ユーフェミアは今日も眠い。  作者: 南蛇井


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/115

徒歩登校 — “王女の降下”

回想はまるで一瞬の閃光のように蘇る。

夜会明けの朝。

学院前の大通りを黒塗りの馬車が連なり、鎧の擦れる音が低く響いていた。

王都の貴族たちは決まってその列の中にいた。

――当然、ユーフェミアも。


だが、その“当然”はその日、音を立てて崩れた。


学院の大門へと続く通学路。

砂利を踏む軽い音がした。

振り返った門番は、一瞬、呼吸を忘れた。


王女ユーフェミア=ローレンツは、白い日傘一本を肩にかけ、徒歩で歩いていた。


護衛の鎧姿もない。

馬車の影もない。

ただ春の空気と、吐息のように軽い足音だけが同行していた。


門番は存在意義を失ったかのように固まる。

「お……お迎えの馬車は……」

声が石畳にすべって消える。


ユーフェミアは立ち止まらない。

門番の肩越しに、門の向こうの校庭を眺める。

その目には景色しか映っていない。

身分も格式も、護衛の数も、この世界が彼女に与えた“舞台装置”のすべてを、初めから無視しているかのように。


その後、取り巻きの貴族生徒たちが駆け寄った。

顔には“混乱を礼儀で包み隠した笑顔”が貼り付いている。


「姫様、なぜ徒歩で!? 安心できませんわ、護衛はどこに――」


ユーフェミアは足を止め、首を軽く傾けた。

まるで質問の意味を解析する時間を要したかのような静寂。

そして、ひとこと。


「歩くのは良いわ。足が私を責めないから。」


それは柔らかな声だった。

挑発でも皮肉でもない。

単に、彼女の内部で完結した論理を外へ置いた、そんな響き。


“責めない”――

その言葉は、取り巻きたちの脳髄に針のように刺さった。

理由の欠落が理解を阻む。

守るべき対象が、守られる権利そのものを放棄している。

それは傲慢でも愚行でもない。

ただ、価値観の軸が外界と平行にずれているだけ。


沈黙。

貴族生徒たちは、王族に対する常識的な忠告を失い、言葉を失う。

門番は敬礼の姿勢を維持したまま、ただ見送ることしかできない。


ユーフェミアは歩き出す。

背筋も視線も乱さず、世界の“当然”を押し倒すように。

その歩調は、まるで高所から地面へと降り立つ王女ではなく、初めから地面を居場所とする旅人のそれだった。


悪役の尊大さを探すほど、どこにも見つからない。

あるのはただ――

圧倒的なノンイベント。

そして、事件を求めて期待する者たちが、何も掴めずに取り残される音だけが、学院前の空気に長く尾を引いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ