午睡 — “無抵抗の支配”
春の太陽は人類に対し平等である。
高貴な血筋を持とうが、往年の英雄であろうが、容赦なく照りつけ、頬をほんのり茹で玉子のように仕上げる。
普通、誰もがそれを避ける。
だが、ユーフェミアは避けない。
学院中庭――芝生の中央。
王族の紋章を刺繍した制服のまま、彼女はすうっと横たわっていた。
日傘も敷物もなく。
まるで世界の地表が、はじめから彼女専用の寝台として設計されたかのように。
取り巻きの貴族生徒たちは、ほぼ儀式的に慌てた。
「姫様、日光が……! 肌に——」
「蔭を……蔭をお作りしますね!」
言いながら、彼らは自らの身体で彼女の上に影を落とそうと、妙な角度で立ち並ぶ。
しかし、主たる少女は微動だにしない。
春風に揺れる髪に落ちた薄桃色の花びらを、指先で弄ぶだけ。
それはまるで、花弁のほうが彼女に寄り添ってきたかのような動作だった。
「……春の午睡は、罪深いほどに正しいわ」
彼女は目を閉じたまま告げた。
声量は中庭に溶けるほど小さい。
しかし耳にした者は例外なく、それが“絶対的な真理”であるかのように錯覚する。
高貴さではない。
挑戦的でもない。
ただ、揺らぎなく「そうである」と世界に告げる声。
近くのベンチにいた一般生徒たちは、奇妙な沈黙に包まれた。
悪意も高圧もなく、ただ規範の外側で眠ろうとしている存在――彼らはその無害さにこそ恐怖し、距離を取った。
意地悪でも破天荒でもない。
噛みつきもしない獣のような、どこにも攻撃性の見当たらない異常さ。
やがて通り掛かった教師が、眼鏡の位置を正し、注意の言葉を構築しようとした。
「こ、これ君……授業中に……いや、昼休みとはいえ……その姿勢は……その……」
教師は喋りながら、ユーフェミアの寝顔を見てしまった。
規律を破る者が本来持つはずの“弁明”も“反抗”も“開き直り”も、そこにはない。
ただ静謐。
春の陽光の下で眠る、羊毛のように柔らかな息遣い。
教師は口を閉じた。
しばらく悩み、結局心の中で結論を出す。
規律にも礼儀にも反している。
しかし――害がない。
怒る理由が、どこにも見当たらない。
そうして日差しは等しく降り注ぎ、ユーフェミアは眠り続ける。
取り巻きは姿勢を崩せず固まり、一般生徒は視線を逸らし、教師は歩き去る。
誰も彼女を動かさず、誰も彼女に勝てない。
彼女は攻撃しない。
ただ、周囲のペースを奪う。
それだけで十分だった。




