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ユーフェミアは今日も眠い。  作者: 南蛇井


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39/115

ヒロインの自己崩壊 ―「優しさは罠ではない」

 足が震えた。

 ユーフェミアの前から逃げるように離れかけたその刹那、エリーは振り返る。

 喉に絡みついた言葉が、やっと形を持った。


「……優しくされると、私は誰に守られればいいのか分からなくなるの」


 吐露というより、悲鳴だった。

 華奢な自我がきしむ音。

 自分の存在意義が歪み始めたことを、本人だけが自覚している。


 守られるヒロイン。

 助けられる純白。

 王子の騎士道が初めて光を放つ導火線。

 その全てが前提だった。

 誰かの暴力に晒されることが、彼女の価値だった。

 そして、その暴力を止められる者こそが英雄である——そう信じて疑わなかった。


 ユーフェミアは一拍だけ目を瞬かせる。

 それから、紅茶を見下ろしながら穏やかに言った。


「守られないのは自由よ。怖いけど、寝れば回復するわ。

 朝になれば、だいたい忘れられるでしょう?」


 刃ではなく枕のような返答。

 だが威力は鋭利な剣に等しい。


 ヒロイン的価値観を支える支柱を、一本一本抜いていくような言葉。

 そこには、主人公補正も、騎士の救済も存在しない。

 「睡眠」——たったそれだけで人生を回復できる生活者の論理。

 劇的な役割の外側にいる人間の、暖かくも残酷な無関心。


 エリーは思わず背を丸める。

 自分の鎧が紙細工だったと暴露されたような羞恥に、肺が縮む。


(守られないことが自由?

 忘れることで立ち直る?

 私は——私はそんな、ただの人だった?)


 彼女の脳は即座に反証を探す。

 王子の笑顔。

 ステージの照明。

 喝采の期待。

 どれも今はユーフェミアの昼寝の前に敗北している。


 ユーフェミアは続けるでもなく、会話を締めるでもなく、ただ風を受けた。

 ベンチの影が揺れる。

 カップの表面に、虹色のマナが淡く反射する。


 エリーは逃げるように歩き出した。

 けれど足取りは不安定だった。

 悪意より恐ろしい“無害”に、心を深く削られた人間の歩き方で。

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