フィクサー役ユリアンの召喚 ― 代替脚本の模索
ユリアンは学院の裏階段に呼び出された。
冬の終わりに似た冷たい通路、燭台の炎は細く震え、影だけが大きかった。
王子直属のイベント補正担当―――そんな肩書きは、本人以外には眩しげに響くが、実際は物語が停滞したときに尻ぬぐいをする係だ。
トイレ掃除係よりは気取っているが、根っこは似たようなものだとユリアンは思っている。
待っていたのは教師陣の顔ぶれだった。
式典担当の老教師、数式魔術課の責任者、そして生徒会顧問。三人とも、壁に吊るされた肖像画の王侯貴族のように硬直した表情で、ユリアンを見下ろしていた。
「――ユリアン。彼女を説得してくれ」
命令は短く、寒かった。
教師たちは、言葉を投げれば世界が従うと信じている種族だ。
「彼女は拒絶していないんです。」
ユリアンは、壁にもたれたまま、乾いた声を出した。
「ただ横になっているだけ。それが最も強固な拒絶なんですよ」
教師陣は互いに顔を見合わせる。
拒絶とは、派手な抵抗、炎、血、暴力。
その理解の外にある“無”を、彼らは認識できない。
「……横に?」老教師が訊いた。「寝ている、ということか?」
「はい。寝ている。こちらの台詞に一切反応しない。見ることも、怒ることも、嘆くことも、何も。」
ユリアンはひどく疲れていた。
世界が舞台であるなら、彼は舞台係。
ただし舞台袖で火の付いた紙束を抱える係だ。
「反抗なら制圧はできます」生徒会顧問が言った。
「規則があり、罰則がある。しかし……“無行動”に適用できる条文は――」
「ないんです。」
ユリアンは教師たちの言葉を遮った。
「あなた方の制度は“暴れる者を罰する”ためには完備されています。でも、世界を止める者には何も届かない。」
通路に一瞬、沈黙が落ちた。
魔術灯が揺れ、影が壁面を這い回る。
教師たちは、世界を支える脚本が“書かれているもの”だと信じている。
だがユリアンだけは知っていた――脚本は、キャストが演じなければ存在できないのだと。
「制度の穴だ」数式魔術課の責任者が嘆息した。
「反乱を抑える魔術は発展したのに、無を制御する術は……」
「無は制御できませんよ。」ユリアンは首筋の冷えを撫でる。
「なぜなら観測しなければ世界に存在しない。そして彼女は、観測されるのを拒んでいるわけでもない。ただ、こちらを見ないんです。」
教師陣はついに沈黙した。
その沈黙の中で、彼ら自身の立脚点――“NPCとしての世界観”がぐらつき始めるのを、ユリアンははっきり感じた。
反抗は処罰できる。
失敗は矯正できる。
だが空白は存在しない。
――その単純な事実だけが、彼らの支配体系を黙殺していた。




