貴族生徒会の焦燥 ― 自己保存への恐怖
生徒会室は、王立学院の中枢を象徴する豪奢な調度に囲まれていた。
金糸のカーテンは規律を、磨かれた大理石の床は格式を主張する——
はずだった。
だが今そこにあるのは、静かな焦げ跡のような不安だった。
生徒会長アレクシスは、王家紋章の刻まれた机を指先で叩いた。
指が触れるたび、魔道ランプの光が微かに揺れる。
まるで照明さえ、開始されない物語に怯えているようだった。
「王子の輝きは、悪役が反抗することで発火する」
「何も燃えなければ、火はただの冷たい石炭だ」
彼の声は静かだ。だが沈着ではない。
“王子の栄光”という台詞を、毎年繰り返してきたプロの演者の震えだった。
副会長ミレーユが椅子から身を乗り出す。
銀糸の三つ編みが乱れ、焦りがそのまま物理化されたように肩へ落ちる。
「式典は物語の始まりだ。
始まりがなければ、我々はただの統治対象だ」
語尾に含まれた“自覚”は、毒ではなく自己診断だった。
彼らは気づいている——
自分たちが“主演を支える背景役”であることを。
三人称の視点が部屋を包む。
貴族生徒会。
それは学院の威厳を支える装置、すなわち小さな王権。
王子が正義を示し、悪役が膝を折り、ヒロインが涙をこぼす——
その一連の儀礼によって、彼ら自身の地位は保証される。
逆に、儀礼が成立しなければ、彼らには役割が存在しない。
誰も声に出しては言わないが、全員の心は同じ一点へ向かっていた。
「ユーフェミアが暴れなければ、俺たちは誰の味方でもない。」
守る対象のない護衛。
仕える王子が“輝く瞬間”を持たない家臣。
職務が発生しない職務者。
存在価値は、筋書きに依存していた。
そして今、筋書きは破損している。
長い沈黙のあと、書記が震える声で呟いた。
「……彼女、本当に来ないんですか?」
その一言には、**驚きでも怒りでもなく“存在不安”**が詰まっていた。
悪役が牙を剥くのは恐ろしい。だが——
悪役が牙を剥かないのは、もっと恐ろしい。
なぜなら、舞台は動くのに、演者が現れないという事態に、
彼ら自身の存在意義が吸い取られてしまうからだ。




