計算魔術部門の異常レポート ― 数値化できない“空白”
会議室の隣、魔術演算局の作業室。
膨大な法式が詰まった結界盤が、うしろめたい沈黙を発していた。
魔術士たちは淡々と呪式を走らせる。
彼らの役割は、事件の前触れを数値で把握し、社会への影響を“合理”に還元すること。
暴動、陰謀、魔獣災害——すべては**社会安定指数(SI)**に折り畳めるはずだった。
だが、その日だけは違った。
表示板に走る青い光が、一行だけで止まる。
《SI:安定(静止)》
その下に、意味不明な補足が浮かぶ。
《イベントトリガー:検出不能》
《観測値:変動なし/不自然》
魔術士Aは眉を寄せる。
計算式を再起動し、感知石を交換し、魔力供給ラインを切り替える——結果は同じ。
思考の隙間に、生理的な不気味さが染み込んでくる。
「長時間の無行動は予測不可能性を増幅する可能性あり」
文字が赤く点滅した瞬間、部屋にざわめきが広がる。
魔術士Bが震え声で漏らした。
「……戦乱の兆候は皆無なのに。
脅威らしい脅威がないのに……不確実性だけが増大している?」
魔術士Cは机に拳を置いた。
「暴れる者は制御できる。
戦う意思も、敵意も、恨みも——入力できる値があるからだ。
だが……何もしない者は?
見ているだけの者は?
どこにも分類できない者は?」
その言葉は、魔導板よりも重い警告となった。
世界は最も単純な真実を突きつけた。
社会は“悪”よりも“無”を恐れる。
怒りも憎悪も計算できる。
けれど、寝転がって何もしない悪役令嬢は——
どの演算式にも存在しない。




