会議室に火がつく ― “始まらない開幕”
王立学院の教員会議室は、昼前だというのに熱を帯びていた。
本来なら、入学式の余韻を軽く笑い合い、穏やかな調整議題を一つ二つこなして終わる時間帯である。
しかし魔導黒板は、怯えた動物の心拍のように、高速で予定を上書きする。
黒板に浮かぶ三つの大項目は、何度消しても戻ってくる。
① ユーフェミア登壇
② 王子の糾弾
③ 和解デモンストレーション
項目の横で、赤い魔光が断続的に点滅している。
《実行未達》《発火待機》《演出遅延》
それらの警告は、まるで魔術そのものが苛立っているかのようだ。
生徒会顧問が深呼吸を一つし、机に手をかざす。
掌から光が落ち、重い魔力の印が形成される。
**「延期不可」**の鮮烈な朱色。
だがスタンプは押印を完了した瞬間、ゆっくりと溶解し、消えた。
「……また失効だ」
顧問は呟く。
魔導書が勝手にページを繰る音が、会議室を静かに満たした。
誰も指示していない。
学院の行政システムが“予定されたドラマ”を追い求めているのだ。
若い講師が、おそるおそる黒板に触れる。
指先が画面に触れた瞬間、予定の矢印が暴走し、入学式から未来数ヶ月のイベントラインが連鎖的に崩れる。
王立学院の権威を示すはずの儀式群が、カードタワーのように倒れ続ける。
「これは表示バグですか?」
「違う。イベントそのものが未発生だ。」
年長の教頭が、淡々と答えた。
その声に会議室の空気が重く沈む。
王子がユーフェミアを糾弾し、観衆が見守る――
それが“予定調和”であり、“教育理念”であり、
魔力管理システムの根幹アルゴリズムでもある。
それが起きていない。
ただそれだけで、
行政魔術は自動調整を繰り返し、自己破壊を始めていた。
誰も怪我をしていない。
誰も暴動を起こしていない。
ユーフェミアはただ、芝生に転がって昼寝している。
しかし教員たちの額には汗が滲む。
「――開幕が、始まらない。」
その言葉だけが、現状をもっとも正確に表していた。
ドラマが不在であること。それだけが、学院にとって最大の危機なのだ。




