論理 vs 反抗
ユリアンは、己の喉に絡む沈黙を無理やり押し解した。
芝生に溶ける令嬢へ向け、再び“正しい言葉”を選び出す。
「……役割の放棄は、貴族階層全体の信頼を毀損します」
それは学院の規約でもあり、王子の理解でもあり、
世界の骨組みに属する言葉だ。
最低限の理屈として、これで駄目ならもう暴力しかない。
ユーフェミアは、まぶたを持ち上げるでもなく答えた。
芝生が額に触れるその姿勢のまま、ため息をひとつ。
「信頼は、私が立った瞬間に毀損される。
寝ていれば現状維持。世界は平和」
その声音は怠惰ではない。
**完全に計算された“省エネの倫理”**だった。
ユリアンの脳裏で演算式が派手に崩壊する。
行動と結果、因果と影響、加害と被害——すべての変数は
「起立」か「睡眠」かの二択に縮約され、
彼の計算魔術の枠組みが根こそぎ意味を失う。
「……それは、理論として——」
言いかけた瞬間、ユーフェミアは芝生を撫でる指先に視線を落とす。
まるで静かな祈りのように。
「疲れている人に立てというのは暴力だよ。
私は暴力をしない。だから寝る」
ユリアンは詰んだ。
反論は山ほど浮かぶのに、どれも人間の疲労を超えられない。
彼は、王子の理屈を言い換えることすらできなくなっていた。
芝生は風に揺れ、鳥影が目蓋を通過し、
ユーフェミアの沈黙が世界の秩序を撓ませる。
そしてユリアンは悟る。
——悪役令嬢の“反抗”は、剣でも魔術でも侮辱でもなく、
ただ何もしないという完璧な選択だった。




