ユリアン登場:世界のNPC
ユリアンは芝生の端に立った。
式典を終えた学生たちの残響が、遠い波のように揺れている。
その中央、緑に溶ける白い影——ユーフェミア・エルンスト。
肩にかけた外套の裾を整え、彼は型通りの第一句を整える。
命令通り、王子の苛立ちをこの場に持ち込むだけでよかった。
イベント補正担当としての役割は、ただ彼女を壇上へ再配置すること。
深呼吸。
声を放つ直前、ユリアンは自覚してしまう。
——この台詞は、ひどく芝居がかっている。
「式典は既に——」
そこで彼の言葉は干上がる。
ユーフェミアの視線は、自分に向いていなかった。
少女の瞳は閉じられたまま、まぶたの裏に映る鳥影を追っている。
小さな沈黙が落ち、ユリアンは喉に刺を覚える。
彼女は息を整え、寝転んだまま、まるで天気の報告をするように告げた。
「後で良い。式典は明日には終わっているが、疲労は残る」
その一文は、優雅な暴力だった。
予定表の神聖性を軽く踏みにじり、
名誉という宗教を笑い、
何より、生活者の論理で世界の社会性を粉砕した。
ユリアンの脳は反射的に理解する。
論理的だ。論理的すぎる。
だが受け入れた瞬間、王子の秩序も学院の権威も、
すべてが「睡眠の優先度」という基準に従属してしまう。
それは理解可能な地獄。
規格外の悪役よりも恐ろしい、役割を拒否する凡庸。
ユリアンは口を閉ざした。
反論は浮かぶ。だが言葉にした瞬間、自分が負ける。
彼はただ立ちつくし、芝生の香りと風の間で、
世界のバグを見つめていた。




