芝生の上の亡命
王立学院の中庭は、入学式の名残を惜しむざわめきをまだ吐き出していた。
遠くから聞こえる笑い声と靴音は、興奮の余熱のように芝生を撫でて通り過ぎる。
その中心に、ひときわ不誠実な姿勢で転がる少女がいる。
ユーフェミア・エルンスト——本来なら壇上で暴君の如く悪意を撒き散らし、王子の英雄劇を起動させるべき悪役令嬢は、いま芝生に身を沈めていた。
芝生は魔力の通り道だ。
根から微弱なマナが立ちのぼり、寝転がる者の背中をふんわりと浮遊させる。
学生向けの注意事項には「長時間横になると姿勢感覚が狂う恐れあり」と明記されているが、ユーフェミアはそれを熟知していた。
熟知したうえで、わざと寝ている。
太陽は初春特有の柔らかさを装いながら、容赦なく肌を焦がす。
風は決断力のない青年のように、さして意味もなく頬を撫でていくだけ。
芝生は異様なほど均一に整えられており、足裏に痛みを返さない。
まるで怠惰という悪徳を歓迎するクッションだ。
――悪役がすべき攻撃性は、どこにもない。
目蓋を閉じると、ただ明るい色だけが世界になった。
白く滲んだ光の中で、ユーフェミアはひとつ息を吐く。
侮辱も挑発も、反目もない。
彼女の存在は、役割を放棄することで社会規範の神経を静かに削ってゆく。
暴力的な沈黙。
それこそが、彼女がこの世界に向けて放つ最初の笑いだった。




