王子の苛立ち:予定表の破綻
レオニードは最後の一節を締め──
しかし、風景は凪いだままだった。
拍手も悲鳴もなく、庭園は水面のような静止を保っている。
予定では、この瞬間に壇上下の魔道ランプが反応する。
「侮辱イベント」の兆候を感知すれば、照明は白から琥珀に切り替わる。
それが合図だ。
ユーフェミア・フォン・エルンストが乱入し、
ヒロインを階級差で切り裂く。
――そこで王子が一歩踏み出し、彼女を庇う。
喝采が上がり、未来の王権にふさわしい慈悲の演算が始まる。
この学院は、ただ魔術を教える場所ではない。
幼年期の政治訓練場だ。
予定された事件を捌き、支配の所作を学び、
観客=貴族子弟の前で権威を再生産していく舞台。
だからこそ、今の沈黙は――異常だった。
琥珀に染まるはずの光は動かず、
ユーフェミアの影すら現れない。
レオニードは微笑を保ったまま、
眉間に火種のような熱を抱えた。
(彼女は遅れて登場し、ヒロインを侮辱しなければならないのに)
声にはしない。
だが喉奥は乾いている。
儀式が停滞するほど、王子の立場は痩せる。
英雄が立ち上がるための舞台装置が空回りし、
自分だけが壇上に取り残された道化のようだった。




