ヒロイン・エリー:守られない少女
エリーは胸の前で指を絡め、指先が微かに汗を帯びているのに気づいた。
——ただしそれは恐怖による震えではなかった。
予定が失われた舞台に取り残された者の、困惑の震えだった。
悪役令嬢ユーフェミアは、壇上の演説が半ばに差し掛かったころ現れ、
人前で彼女を侮辱し、貴族社会の階級差を突きつける。
辱められることで涙を零し、
その涙を王子レオニードが庇護する。
——それがヒロインの運命線。
攻略本もプレイヤーも、ステータス画面もそう語っていた。
だが今、誰も彼女を踏みにじらない。
肩を押す者も、裾を踏む者もいない。
世界が静謐な芝生を広げただけで、
エリーはただの新入生として立っている。
レオニードは遠く、白い壇上に孤立していた。
光を受けたその姿は英雄めいていたが、
彼女に向かう視線は一度もない。
守るべき事件が存在しない以上、英雄は歩み寄らない。
(私の……旗揚げが、ない?)
内心で声が跳ねた。
(どうやって……私はヒロインになるの……?)
視線が泳ぐ。
貴族席、教師席、ステージの脇。
探しているのは敵ではない。
彼女の未来を確定してくれる人物、
——役割を与えてくれる存在。
まるで溺れる子供が、救い主を探すように。
悪役令嬢の影すら現れない校庭で、
エリーの胸はひとりで鼓動を速め、
物語の入口が消えた世界に立ち尽くしていた。




