観客席のざわめき:不発の兆候
貴族子女たちは、整然と配された席に腰かけながら、儀式の完了を待つ観客の顔をしていた。
王子の演説は序章だ。
真の幕開けは、悪役が乱入して初めて成立する——それを誰も疑っていない。
ドレスの裾が揺れ、羽根扇が小刻みに開閉する。
緊張ではない。期待だ。
芝居小屋の常連客が、暗転後の最初の悪口を待つような、甘やかな待機。
「あれ……来ないの?」
囁き声は慎ましいが、波紋のように広がった。
「本当に?」
「エルンスト家の娘ですよね?」
「悪役がいない断罪なんて……」
「……構造が崩れるのでは?」
恐怖ではなかった。
災厄を憎む声でもない。
彼女らは予定された暴力を、予定された娯楽として待っている。
まるでサーカスの虎が檻を噛み破る瞬間を、歓声とともに想像しているかのように。
少女たちの視線は、ステージの端へと吸い寄せられる。
遅れて登場し、ヒロインを侮蔑し、王子の英雄性を引き出す狂言回し——
その役者が、いっこうに姿を現さない。
風がひとつ、庭園を通り抜けた。
その涼しさが却って滑稽だった。
観る者の拍手が用意されたまま宙に浮き、誰にも拾われぬまま、
式典は空白という最大の違和感を抱えて進行してしまう。




