王子レオニードの演説:テンプレートの起動
王子レオニードは、微笑を頬に固定した。
それは訓練された兵士が剣を構えるように、王族が人前で纏うべき感情の仮面。
太陽の角度、観衆の視線、ステージの高さ——すべてがその微笑を正解と告げている。
「新入生諸君。ここに集う諸家の未来よ。」
声音は澄み、胸腔の奥に響く低音は完璧な共鳴を描く。
生徒たちの背筋がわずかに伸び、教師たちは誇らしげに頷いた。
彼は続ける。予定された言葉を、予定された抑揚で。
「我らは学びを共有し、互いの才を磨き上げ——」
そこで、ページをめくる。
演説は台詞数に応じて発火するイベント条件の半分を超えている。
この後、魔導劇のように展開されるはずだ。
——悪役令嬢ユーフェミア・フォン・エルンストが乱入し、
人前でヒロインを侮辱し、
聴衆を恐怖させ、
そして王子がそれを制止することで、英雄としての最初の好感ルートが開く。
それは常識であり、因果律であり、
この世界が目に見えない設計図に従って動くことの証左だった。
しかし——沈黙は続いた。
風が庭園の端で芝を撫でる音すら、演説の余韻と区別できるほど整っている。
生徒たちの視線はステージ上に釘付けのまま、誰かの出遅れを期待している。
その瞬間を全員が共有しているのに、誰も動かない。
レオニードは微笑を保ったまま、内側で初めて眉を顰める。
——遅れて登場する彼女の罵声がなければ、英雄劇は始まらない。
それは、王子が王子として存在するための最初の歯車だ。
歯車は回らない。
空転した運命の音だけが、彼の背筋をじわりと冷やしていった。




