“身震いする側近”
黄金の燭台が列柱の影を伸ばし、会議室は夜更けの氷を孕んだ沈黙に満たされていた。
若き王子――建国以来もっとも聡明と謳われる青年は、机上に散らばる資料を掌で撫でるように押し留めた。
「以上が、彼女を迎え入れるための準備だ」
淡々と、しかし情熱を抑え込むかのように語られた計画は、誰もが息を呑むほど緻密で完璧だった。
王子は語り終えると、背筋を伸ばしたまま椅子に沈み、玉座にも似た端正な姿勢で目を閉じる。
その瞬間、側近のひとり――寡黙な青年が、恐る恐る口を開いた。
「殿下……もし、彼女が反応しなかったら?」
声はひび割れた陶器のように脆く、微かに震えていた。
会議卓の上、重ねられた資料がざらりと擦れ、空気が緊張を孕む。
王子は瞼を開く。
瞳は夜明け前の湖水のように静まり、しかしその奥では氷の亀裂が走る。
「ならば――」
一拍。
「我々が“反応すべき理由”を作る。」
言葉は剣。
静寂は血。
青年の声は、凍てつく王都の空へと抜けていった。
側近は理解した。
この瞬間、王子は**英雄ではなく“物語の加害者”**となったのだと。
だが王子本人は、未だ迷いひとつなく信じていた。
自らの行いは、世界を救うための――
ただ一つの**“救いの形”**であると。
そして側近は、身を震わせることしかできなかった。
それが冷気か、恐怖か、あるいは憧憬か――自分でもわからぬままに。




