. 覚醒の瞬間:呼吸する言い訳
天蓋を透過した朝光が、薄い膜となって視界の表面に張り付いている。
ユーフェミアはその膜の向こうで、すぐそばにある世界すら遠く感じていた。
枕に半分だけ顔を埋め、片頰を羽毛へ沈める。
睫毛が持ち上がるのは、決意ではなく反射だ。
体を起こす気力も、視線を合わせる心構えもない。
「……行かない。眠い」
声は、誰かに抵抗するためのものではなかった。
朝に対する挨拶と同じ質の、ただの呼気。
意思表示というより、寝返りの延長にある音。
しばらくして、もうひとつの言葉が静かに滲む。
「芝生で寝れば吸音率がいい。日差しも柔らかい」
眠りを最適化するための覚え書き。
昼寝の理論を淡々と述べているだけで、誰かを困らせる発想は一滴も含まれていない。
その論理は驚くほど無害で、驚くほど悪役令嬢らしくない。
口調には傲慢も皮肉もない。
ただ、前世で奪われ続けた「休息」の権利を、
この世界では当然の呼吸として行使しているだけだ。
その静けさが、どんな毒舌よりも強く、
テンプレートを音もなく瓦解させていく。




