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5.元英雄、冒険者ギルドに行く

 朝食を終えた俺たちは隣にある畑に向かう。


「これにゃに?」

「これはトマトだな」


 今日も畑の野菜は元気で、枯れた様子は見られない。

 トマトの苗は順調に伸び、きゅうりやナスも少しずつツルを伸ばし始めている。


「今回は、うまくいくといいな」


 以前は畑に直接種を蒔いてみたが、中々芽が出なかった。

 その失敗から学んだ俺は、今では別の容器で種を発芽させてから、苗になったタイミングで畑に移動させている。

 そうすることで、野菜はしっかりと根を張り、順調に育つようになった。


「おいしい?」

「んー、まだ一度も食べたことがないからな」


 ここに住むようになってしばらく経つが、いまだに自分で育てた野菜が実ったことはない。

 畑も気晴らしにやっているようなものだから、王都にわざわざ調べに行く気もない。

 むしろあそこにはもう近づく気すらしないからな。

 あの手この手を使って、俺を貴族の派閥に入れようとしたり、令嬢たちを嫁がせようとするなんて冗談じゃない。


「マオもやる!」


 水やりをしていたら、マオが大きな容器を持ってきた。

 俺はそこに水を入れると、ヨタヨタしながらも豪快に水をかけていく。

 これでもう少し野菜に興味を持ってくれたら、俺としては嬉しい。

 まぁ、まだ一度も野菜ができたことはないけどな。


「じゃあ、町にでもいくか」

「うん!」


 水やりを終えた俺たちは近くの町に向かうことにした。

 町は少し離れたところにあり、森を往復する程度、歩いて約30分もあれば着く。


「迷子になるなよ」


 マオはふらふらとどこかに行く可能性があるから、しっかりと様子を見ておかないといけない。


「まいごになるにゃよ!」

「それは俺に言ってるのか?」

「うん!」


 俺のマネをしているのだろう。

 ひょっとしてイノシシを捕まえた時も、俺が迷子になったと思っていそうだ。


「はぁー、俺が迷子になるはずないだろ」


 眉間を指でつまむように押さえながら、ため息をついた。


「はぁー、マオはまいごにならにゃい」


 どうしてこうなるんだ。

 やること全てがマネされそうになり、俺はただ黙々と町に向かって歩いた。

 俺がチラチラと振り向けば、マオも振り向くし、そういう年頃なんだろうか。

 前世は独身の社畜だったから、子どものことが全くわからない。

 ただ、全て同じような動きや口調をマネするから、俺も面白くなり、一人で町に向かうよりも時間が短く感じた。


「あそこに見えるのが町だぞ」

「まちだじょ!」


 今日も入り口で門番が身元の確認をしており、人の出入りが多そうだ。

 俺はマオをジーッと見つめる。


「そういえば、マオはどうやって説明すればいいんだ?」


 ある一定の年齢になれば、仕事関係で身元を保証する物もできるが、子どもはそもそも身元がない。

 俺が連れて行っても町に入れるものだろうか。

 そんなことを考えていると、気づいた時には町についていた。


「フィオルナにようこそ。ここには何しに来たんだ?」


 門番に声をかけられた。

 町に入るためには手続きが必要だ。

 目的を伝えて、ギルドカードを渡すだけでいい。

 このギルドカードというのは、職業や活動内容に応じて所属が分かれている。

 冒険者なら冒険者ギルド、職人なら生産ギルド、そして物を売る者は商業ギルド、といった具合だ。

 俺の場合は、森で狩った動物の素材を売るため、商業ギルドに所属している。だから、提示するのは商業ギルドのギルドカードになる。

 本当は冒険者ギルドも生産ギルドも含め、すべてのギルドカードを持っているのだが、今使っているのは商業ギルドの一枚だけだ。


「イノシシの肉を売りにきた」

「うりにきた!」


 門番はマオの顔を見ると、にこりと微笑んだ。


「今日はお父さんと一緒か!」

「うん! パパといっしょ!」

「おー、そうかそうか。迷子にならないようにな」


 特に詳しいことを聞かれることもなく、町の中には何事もなく入ることができた。


「まずは迷子がいないかの確認だな」


 俺はひとまず冒険者ギルドに足を運ぶことにした。

 冒険者ギルドの依頼の中には、行方不明になった子どもを探している依頼があったりする。

 そこにマオと似たような年齢と見た目の子がいれば、マオは魔王ではないだろう。


――カラン!


 木の扉を開けた瞬間、暖かな灯りと、酒と汗の入り混じった人の匂いが鼻を打った。

 床の軋む音、ゲラゲラと響く大きな笑い声、掲示板の紙が揺れる音。

 久しぶりに来た冒険者ギルドを懐かしく感じる。

 それに相変わらず異世界にいるんだと実感した。

 昔はよく来ていたが、今はマオがいなければ来ることもなかっただろう。


「大丈夫か?」

「うん!」


 マオに確認するが、特に怯えた様子もない。

 剣や盾を持った者や鎧を着ている人ばかりだから、見慣れないと少し怖いからな。

 俺はそのまま依頼クエストが貼ってある掲示板で、行方不明者の情報を探す。


 パッと見た感じだと、マオと同じような真っ赤な瞳で黒髪の幼女の情報は載っていない。

 森に居たってことは、フィオルナに住んでいた可能性が高いが、まだギルドに依頼を出していない状況なんだろうか。


「何かありましたか?」


 冒険者ギルドの受付嬢が声をかけてきた。


「ああ、子どもの行方不明者を探していてな」

「子どもですか……?」


 冒険者ギルドの受付嬢は俺とマオを交互に見つめる。


「ああ、昨日森で助けた子どもなんだけどな……」

「そうなんですね」


 受付嬢はすぐに状況を把握したのか、しゃがみ込んでマオに話を聞いていく。


「お名前は?」

「マオ!」

「マオちゃんね……。お母さんかお父さんは――」

「パパッ!」


 マオは俺の方を指差して、ニコニコと笑っている。

 その光景に受付嬢は怪しい顔をして、俺の方を見ている。


「まさか……自分の子どもを手放さそうとしていたんですか?」


 受付嬢が俺に詰め寄ってくる。

 向こうから見たら、俺は行方不明者と言って子どもを捨てる父親に見えるのだろうか。


「いや、俺は本当のことを――」

「パパ……マオをしゅてるの……?」


 マオへ目を向けると、今にも泣きそうな顔をしていた。

 それに魔力の揺らぎが全身に伝わってくる。

 このままだと魔物がこの町に押し寄せてくるかもしれない。


「ほら、娘さんが悲しんだ顔をしているじゃないの!」

「さすがに娘を捨てようなんて、親父のすることじゃないぜ!」


 話を聞いていた冒険者まで、俺に詰め寄ってきた。

 今はそんなことを言っている場合ではない。

 ここにいるのはほとんど冒険者なのに、この異変に誰も気づいていないのだろうか。

 

「マオ――」

「パパなんてきりゃい!」


 マオはその場から立ち去るように冒険者ギルドから走って出て行った。

 途中、冒険者ギルドの扉を弾き飛ばしていたが、よほどの勢いで出て行ったのだろう。


「あらあら、マオちゃん泣いちゃいましたね。子育ては大変ですけど、何かあれば私たちも力になりますから、遠慮なく言ってくださいね」

「ほら、親父ならすぐに追いかけな!」


 きっと受付嬢と冒険者は俺を励まそうとしているのだろう。

 だが、マオを泣かした原因はほとんどお前たちだ。

 このまま大量の魔物が攻めてきて、スタンピードになっても俺は知らないからな。


「覚えていろよ」


 せめての仕返しとして、俺は冒険者ギルド内に威圧を放った。

 伊達に元英雄で唯一のSSSランクに認められた冒険者だってことを思い知るがいい。

 俺はすぐにマオを追いかける。


「……あんな顔、見たのは初めてだな」


 胸の奥がじわりと痛む。

 子ども一人に、ここまで振り回されるなんて思ってもみなかった。

 ……今はマオを探さないと。

お読み頂き、ありがとうございます。

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