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16.元英雄、奥さんができる

 俺たちは町でバーベキューの食材を買って、家に帰ることにした。

 大きな鉄板を買ったが、それをグリルとして使うつもりだ。


「あいつは……いないな」


 あれから淫魔が出てこないか周囲を警戒していたが、見当たらない。

 お店の店主に人数を疑われることもなくなったため、どうやら本当に帰ったようだ。

 これでやっと安心した元の生活に戻ることができる。

 気づいていなかったが、ずっとストーカーされていたからな。


「パパ、ハタジイがい……りゅ?」


 我が家の畑に、どうやらハタジイが来ているらしい。

 マオの話では、時おり顔をのぞかせては、すぐに消えてしまうそうだ。

 何をしているのだろうか。


「ハタジイー!」


 もずくが一目散に駆けだし、そのあとをマオも追いかける。

 残された俺とひじきは、のんびりと畑へ向かって歩くが、マオともずくは急に止まると、急いで戻ってきた。


「パパッ、いるよ!」

「何がいるんだ?」

「雄っぱい!」


 もずくの言葉を聞いて嫌な予感がした。

 あいつは「帰ってパンプアップする」って言っていたが……。

 俺は急いで畑に向かった。


「158、159……」


 畑のど真ん中で、淫魔が腕立て伏せをしていた。

 その背中には椅子の上で休憩するかのようにハタジイが座っている。

 マオが「見えたり消えたり」と言っていたのは、腕立て伏せで体を沈めたときに、顔が畑の葉で隠れていたからだろう。


「お前、なぜここにいるんだ……?」

「先に帰っていると言ったぞ?」


 まさか帰ると言っていたが、我が家に帰ってくるとは誰も思わない。

 ストーカーをしていたから、帰るところは我が家だってことだろうか。

 衝撃すぎて頭の整理できない。


「ヴォルフの奥さんは変わった人だのう」

「奥さん……?」


 俺は淫魔を睨みつけるが首を横に振っている。


「ひじきはあいつが男に見えてるか?」

「うん!」


 どうやら魅了魔法を広範囲にかけているわけではないようだ。


「ってことハタジイには違う世界が見えてるのか……」


 どうやら認知症の疑いがあるハタジイには、男である淫魔が若い女性の姿で見えているようだ。

 そりゃー、朝から奥さんを気にする


「ははは、ヴォルフの奥さんは力持ちだのう」


 ハタジイは特に気にしていないのか、淫魔の上で楽しんでいた。


「それに畑のことをよく知っているから、ヴォルフにはお似合いじゃな」


 ハタジイは俺と淫魔をくっつけたいのだろうか。

 さすがに畑のことをよく知ってても、嫁にする気は――。


「畑!?」


 俺の言葉に淫魔とハタジイは頷いていた。


「この野菜はなんで放置してあるんだ?」


 淫魔は背中からハタジイを下すと、俺の作ったトマトに指を差す。

 すでに腐りかけて枯れ始めている。


「どういうことだ? もう成長しないだろ?」


 葉やツルが腐ってきた野菜は育たなくなる。

 これは今まで俺が野菜を作ってきて気づいた経験だ。

 だが、俺の言葉に淫魔は驚いていた。


「いやいや、まだ大丈夫だぞ」

「本当か!?」


 俺は魔法を使って淫魔に詰め寄った。


「うぉ!?」


 急に俺が目の前に現れたから、淫魔は驚いていた。

 普段なら腐ってきた時には諦めていた。

 だが、淫魔の話ではまだ望みがあるらしい。


「そもそもこんなにツルが伸びたら、支柱がないと成長できないからな」


 軽く指を鳴らすと、土の中から長い棒のような支柱がニョキッと突き出す。

 彼は絡み合ったツルをほどき、一本ずつ丁寧に巻きつけていった。


「何やってるんだ?」

「ツルを支柱に巻くのは、倒れないようにするためだけじゃない。病気を防ぎ、光を浴びせ、実を元気に育てる……って知らなかったのか?」


 畑仕事の豆知識を、俺の知らないことまでつらつらと語る淫魔。

 トマトやきゅうりは葉が地面に触れると、そこから少しずつ腐っていくのだという。

 ……思っていたよりも、こいつは俺よりずっと物知りらしい。


「腐った実や葉、茎は切っても問題ないからな」


 今まで育ててきた野菜を目の前で切られるのは少し辛いが、俺の知識不足だから仕方ない。

 特に下の方からしっかり風通しを良くしないと、すぐに腐りやすいらしい。

 整えられた畑は今まで見ていた畑とは全く異なり、荒地が庭園になったぐらい差がある。


「どうだ。俺が必要になってきただろ?」


 大きな雄っぱいを強調させるかのように、胸を張って自慢をしてくる淫魔。


「くっ……」


 さすが魔王の側付き……いや、ストーカーなだけあるな。

 魔法の能力も高くて、生活するための知識も持っている。

 ただ、子どもたちのためにも近場に置いておくのはリスクが高い。

 せめてあの雄っぱいをどうにか隠すことができたら……。


「エンチャント防御力UP」


 試しに淫魔が着ている服が弾けないように、魔法を付与する。

 服の防御力が上がれば、雄っぱいが露出されることはない。

 これで子ども達といても問題はないはずだ。


「あー、動いたから暑いな」


 さっきまで筋トレしていた淫魔は服を脱いだ。

 汗が大きな雄っぱいを伝っていく。

 あっ……脱いだら意味がないよな。


「お前――」


 でも、子どもたちは気にしていないのか、ハタジイと楽しそうに遊んでいる。

 俺の畑の命の恩人だ。

 すぐに追い出すのも失礼だよな。


「夕飯でも食べていくか?」


 俺は淫魔に声をかける。

 バーベキューをするなら大人がたくさんいた方が楽だろう。

 ただ、淫魔ってご飯を食べるのだろうか。


「そっ……そそそそんな大胆な!」


 淫魔は胸元を隠して、急いで服を着ていた。

 きっと淫魔の反応からして、食べるものが違うと確信した。

 大体こういうときって、淫魔は精気を吸収するっていうからな。


「いや、お前は何か勘違いしてるからな! 俺は夕飯を誘っただけだ!」


 俺は子どもたちを見て間違ったことを言ってないか確認する。

 みんな俺たちの反応をジーッと見ていた。


「パパ、けんかはメッだよ!」

「とーちゃん、今日はおこりんぼうだもんね」


 マオともずくからしたら、俺と淫魔は喧嘩しているように見えているようだ。


「急にデートに誘うなんて、心の準備ができてないぞ!」

「んっ? あぁ……そっちか」


 むしろ精気を吸収されるより、デートだと思われた方が問題ない。


「ボス、仲直りは握手をするんだよ!」


 ひじきは俺と淫魔の手を掴んで握手させる。

 淫魔にギュッと握られた手はビリビリと痺れが残るほどの力強さだった。


「ははは、これで夫婦喧嘩も一件落着だのう」


 ハタジイにしたら、俺らは夫婦喧嘩をしていたように見えたのだろう。


――グゥギャアアアアアア!

――グウウウゥゥゥ!


 隣から大きな鳴き声が聞こえてくる。


「パパ、おにゃかぺこぺこー」

「はらへったー!」


 マオともずくがお腹を触りながら、こっちを見ていた。

 ほぼ日は落ちて、夜空が見えるようになってきたからな。


「すぐに夕飯の準備をするから待ってろよ。おい、お前も手伝えよ!」


 せっかく大人の手が増えるなら、たくさんこき使ってやろう。


「それでお前の名前はなんだ?」


 ひじきやもずくのように、名前がないと話しにくいからな。


「俺はマシュメル=ド=ロゼリアン=アンジュリア=フォン=プラリーヌ=デ=サフィール=ド=ラ=ルミエール=エル=シルフィード=ベルフェリオール=ヴァルクリスタリア=ド=アマリリュシア」


 あまりにも長い名前が聞こえて、呆然とするしかなかった。


「待て待て! もう一回ゆっくり言ってくれ!」

「だから、俺はマシュメル=ド=ロゼリアン=アンジュリア=フォン=プラリーヌ=デ=サフィール=ド=ラ=ルミエール=エル=シルフィード=ベルフェリオール=ヴァルクリスタリア=ド=アマリリュシア」


 名前を聞き直したが、3つ目ぐらいまでしか頭の中には入ってこなかった。

 マオが俺の名前を聞いた時は、こんな感じだったのだろうか。

 ほとんどが呪文にしか聞こえなかった。

 だが、それよりも名前に違和感を覚えた。


「その長い名でマシュマロみたいな……。まさか、お前があのマシュマロちゃんか!」

「マシュマロ? 俺はマシュメルだぞ?」


 俺は忘れるわけない。

 豊満な胸で魅了して、小さくてキュルルンとした瞳が特徴的な愛されキャラ。

 名前が長すぎて、『マシュマロちゃん』の愛称で呼ばれていた。

 マシュマロちゃんと呼ばれたのも、元の名前がマシュマロに似ているって理由だったはず。

 男性ユーザーから最も愛され、魔王よりも人気がある敵キャラ。

 だって、やつは魔王城を守る四天王として有名だからな。

お読み頂き、ありがとうございます。

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