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File:39 覗き視

 洗濯物置き場を発つ前に、そっと床に手で触れて耳を澄ます。


 居住区である下階の様子に変化がないか確かめておきたいのだ。


【チェック:指先の得た情報】

 振動は無い。静寂に満ちた堅いフローリングの感触だけ。

 怒鳴り声や悲鳴による微振動も伝わってこないので、まるでもぬけの殻。

 熱や煙も感じられず、放火の心配も無いだろう。


「静か過ぎる……」


「ニャにが?」


「いつもならば、ナツメさんが心配して駆け付けてくれそうなものなのです。 ところが、まったくその気配がない」


「ニャぅ……ナツメ、いない?」


「もしくは、動けない状態なのか……その場合は、非常に面倒なことになります」


「悪いヤツ、来てる?」


「その可能性も考慮しなければ、ですね」


「マサム……どうしよう?」


「ボクに考えがあります。 コテツ、二手に分かれましょう。 今朝降りたガレージは覚えていますね?」


「うニャ! 知ってる! バイクあるとこ!」


「そうです、そこで待っていてください。 ボクが合図したら飛び出す準備だけは抜かりなく。 それと、もし誰かいたら……音を立てないようにコッソリ気絶させておいてください」


「分かった! 行って来る! ニャッ!!」


 二つ返事で頷くと、少女は割れた窓を飛び越えて降りていく。


 普通の人間ならただでは済まないが、彼女は猫の遺伝子を組み込まれてるうえに骨はマッスルメタル製。


 僕とは違い、骨折などというヘマはしないのだろう。


「さて、ボクはボクの仕事をしましょうか」


 ワイヤーガンのカートリッジを取り替え、切れている糸はその場に捨て置く。


 今日は潜入とは違い、証拠を残す心配はいらない。どうせ自宅だ。


 余計な荷物は少しでもなくした方がいい。


「鬼が出るか蛇が出るか……できれば平穏無事で終わらせたいものですが。 まったく、今回は厄介な依頼人を掴んでしまいましたね」


 左手の義手、その親指に仕込まれたスコープを利用し廊下を覗く。


 トラップや待ち伏せの様子はない。ならばと足音を殺しながら階段を進む。


 そう高くない場所へ飛び込んだのもあり、すぐに今朝のリビングの扉が現れた。


「──やはり静かだ。 サイトウ氏の声もない……中が気になりますね。 確かめますか」


 勝手知ったる我が家。


 階段の隅で壁紙に隠されているハッチを開くと、中に裸で剥き出しの端子に肉球(パッド)を押し当てる。


 中継機を介さないダイレクトダイブでネットに飛び込んでいった。


 コテツの力を借りたりわざわざハッキングしなくとも、自宅のローカルネットくらいなら入り慣れているのだ。


《ログを確認……ボク以外が弄った形跡はナシ》


 腕の立つハッカーならその痕跡も消せるだろうが、とりあえずは安堵する。


 続けて、意識の中のボクを泳がせて新しいウィンドウを叩く。


 半透明の板が浮き出ると、そこに並んだタブを切替て『監視カメラ』の項目に設定する。


《3番カメラ、リビングを表示》


 指示を飛ばすと、ボクの視界が一瞬だけブラックアウトする。


 そして、いつもとは画質の劣るぼやけた世界が映し出された。


 このビルに設置されている安物の監視カメラの眼とリンクしたのだ。


【チェック:カメラの視界】

 最初に映し出されたのは、飲みかけのカップが置かれた机の様子。座っている者は誰もいない。

 カメラを振って画角を変える。今度は縛り上げられたサイトウ氏が転がっていた。

 目と目が合い、彼がコチラに気が付いたらしい。猿ぐつわで声は出せないが、必死に視線で何かを語っていた。


《何度もカメラの反対側へアイコンタクトを送っている……コチラに何が……?》


 心がざわつく。


 ただでさえ警護すべき対象が身動き出来ない危険な状態という、考えうる最悪の状態なのに。


 それよりも最低を下回る事態が待っているような予感がしてならないのだ。 


 見たい心と見たくない心が一緒くたになりながらも、恐る恐るとカメラを振り向かせる。


【チェック:カメラの捉えたモノ】

 一枚、二枚と剥ぎ取られ棄てられた女物の衣服。

 見覚えのあるそれは、ナツメさんの来ていたソレに間違いない。

 さらに、カメラの死角となっている食糧庫の方で動く不審な影。そこでナニかが始まろうとしているのが見えた。


《クソッ、下衆どもめッ!! ログアウト!!》


 電子の海で怒りに満ちた叫び声を響かせると、ボクの視界はいつものクリアな映像に戻る。


 まだ僅かに残るフワフワとした電子の感覚が抜ける間もなく、扉に手を掛けて押し入っていく。


 最悪最低の状態だが、ある意味好機でもあるからだ。


 男はズボンを脱いだ瞬間が最も油断している、そこを突くのだ。


「ナツメさん!!」


「だ、誰だッ!?」


「黙っていなさい、ゴミ野郎! ボクはキミを呼んでなんかいませんッ!!」


 ワイヤーガンは使わない。


 我が家で不貞を働く猿には、確実な死と鉛玉をプレゼントする必要がある。


 だからこそ、左手の指鉄砲(フィンガン)を構えて立て続けに4連射、全弾すべてをくれてやった。


『パパパパァンッカカンッ』


「ふご、げふっ」


 2発ほど装甲義体(ハードウェア)に阻まれたが、残りは義体化(リッピング)していない肉体部位に命中。


 下半身丸出しのアホの臓器を抉ってくれた。


 貧民街で遭遇した闇医者(リパー)とは違い、コチラはチンプラントではなかったらしい。


 無残にも男の象徴が弾け飛んでいる。


「ナツメさん、無事ですか!?」


「う……うぅん」


 倒れた男の奥へと声を掛ける。返って来たのは艶めかしい呻き声。


 暗がりでよく見えないが、裸に剥かれた女性が倒れ伏しているのは分かった。


 急いで駆け寄ると、彼女は気を失っているだけで未遂に終わったようである。


「良かった。 貴方が無事でいてくれて……」


「おっと、そいつはどうかな?」


「な──ッ!!」


 背後から届く男の低くドスの聞いた声。


 驚いて振り向こうとするも、後頭部にコツリと当たる硬い感触で思いとどまる。


 これは間違いなく銃口だ。動けば殺すという暗黙の意思表示だ。


「いよう、『探偵』さん……待ってたぜ。 ミスター『ブランク』から聞いて焦ったぜ、こんなに早く俺達を探り当てるなんてな」


「あの闇医者……チクりやがったんですか」


「ハッ、当たり前ぇだろうが。 裏の稼業ってのは持ちつ持たれつ一蓮托生だんだよ、覚えとけ……いや、覚える必要はねぇか。 ここで死ぬんだからな」


「はぁ……そんなことを言うためにわざわざ生かしているんですか?」


「いいや? このビルにもう一人、リパーの男が住んでんだろ? 調べは付いてんだ」


「フカク君のことですか。 彼を言いなりにするためにボク達を利用したいと?」


「ふん、腕の良い『整形屋』は何人いてもいい。 ブランクの野郎は今回ヘマしやがった。 だからもう切り捨てることにしたまでよ!」


「そういうことですか……下衆野郎には納得しかない動機ですね。 コテツもそう思うでしょう?」


「は? 誰だそい……ツ……ゴホッ!?」


 ウィンナーの皮をブツリと切るような弾ける音。


 そして床へと滴る肉汁のような水音。


 まるで貧民街で食べたホットドックを思わせた。


 違うのは、鼻を突く鉄のような臭い。真っ赤な鮮血の臭いが漂ってくるということだろう。


「情報が遅れていますね。 ちょうど今日、新しく助手が出来たんですよ。 とても頼もしい助手がね」


「がふ、き……聞いてねぇぞ、チクショウ……」


『ドサリ』


 成人男性くらいの重量が横たわる音。


 気が付けば、ボクの足元にまで血だまりが伝っていた。


「マサム! これでいいニャ?」


「上出来です。 ニンジャかと疑うほどに見事な暗殺でしたよ」


「ニャふ~! コテツ、すごい! ニャ? ナツメ、ニャんで服着てないの?」


「いろいろあったんですよ。 このことは、ナツメさんが起きても内緒ですからね?」


「うニャ! 分かった!」


 穢れた血で汚れないようにナツメさんをタオルでくるむ。洗濯物置き場で拝借してきたものだ。


 彼女を抱えて振り向くと、コテツは自分の爪に付着した血を舐めとっていた。


「コテツ、それ止めてください。 汚いですよ」


「ニャ? え~でも、このまましまうの気持ち悪い!」


「こっちのタオルを貸しますから。 ちゃんと拭いてくださいね」


「うニャ!」


 簡易のサイレンサー代わりにと多めに持って来ていて正解だった。


 結局使わずに未使用だった白い布を手渡すと、下衆共の汚物を綺麗にしていく様に満足する。


「さてと、コテツ。 それが終わったら、サイトウ氏を解いてあげてください。 ボクはこの通り手が塞がっているので」


「あっちにいたおっちゃん? やってくる~!」


 元気よく飛び出す少女の後を追うと、既に細切れになった縄を掃う氏の姿が見えた。


「ふぅ……酷い目にあったものだ。 ご婦人は無事かね?」


「ええ、この通り」


「それは良かった。 私に巻き込まれて酷い目に遭うところだったようだし……心が痛くて仕方なかったのだ」


「一応、心遣いにはお礼を言いましょう。 それより、犯人たちはこれで全てですか? 氏の顔に成り替わっているはずの一人が見当たりません」


「あぁ、それなら──」


 サイトウ氏が腕を大きく振り、出入り口の方向を指そうとしたその時であった。


 壁を震わす大きな振動がビルを揺らし始めたのである。

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