File:38 街の飛び魚
事務所通りへ抜けると、すぐにいつもとは違う異質な雰囲気に気が付いた。
この街では諍いも小競り合いも日常茶飯事、多少の喧騒などは賞金稼ぎに任せておけばいいと誰もが無関心。
しかし、この時ばかりは住民達も悲鳴を上げてコチラへと駆けていたのだ。
「おいおいおい、随分と騒がしいじゃねぇか!」
「逃げて来る方向……ボク達の事務所がある方向ですね」
「ニャ……あ! アッチで危ないこと、してるって事?」
「認めたくはないですが、そういうことになります」
「ったく、霧も出てねぇってのに無茶する馬鹿がいるもんだぜ!」
「ハンターのG・Gが近くにいますからね。 向こうも焦っているのかもしれません」
「手段は選ばねぇってことか……ならコッチも選ぶ必要はねぇな! チビ助、戦闘の準備だ! オレ様は戦えねぇから、マサム姉のことは頼んだぜ!」
「うニャ! コテツ、護る!」
「おっしゃ、駆けろムラサメ! お前らは、オレ様が合図したら飛び出せよ!」
「『アレ』、やるんですか……まぁ別にいいですけど。 コテツ、心の準備はしておいてくださいね」
「ぬぁ……?」
ボクの言葉の端々から伝わる不穏な空気に勘付いたのか、胸の下に納まる少女は軽く身震いする。
武者震いというよりも、怯えに近い感情によるものだろう。
ボクのマイマイといい何かと荒い運転に苦い思い出があるのだから仕方ない。
少しでも緊張を解すため、ガチガチに強張った肌を撫でつけて体温を分け与える。
すると、青ざめていた表情に赤みが戻り、さっきよりは幾分かマシな目付きに変わってくれた。
「もう大丈夫そうですね」
「うニャ!」
「だったら丁度いい! お前ら、歯ぁ喰いしばれよ!!」
フカク君の大声が後ろから耳を貫く。
驚いて視界を上げると、目前の道路は事故車だらけで大混乱。騒ぎの渦中といったところか。
「このまま突っ込んでも、事故車の仲間入りですよ」
「へっ! 『下』はそうだろうな! けどよぉ、道なら『上』が空いてんだろうがッ!!」
「なるほど、キミらしい答えですね」
前方から大きな爆発音が上がる。水素エンジンが逝ったらしい。
その炎上する車群からなんとか逃げ出そうとした車が一台、炎に包まれながら暴走していた。アレはもう助からないだろう。
そう思った次の瞬間、バイクの前輪が反対車線を突っ走る車のフロントガラスを叩き割り、そのまま踏み台にして飛翔していった。
「ギャハハハ!! 暴走族時代の十八番! 『飛び魚走法』だぁ!!」
「ニ゛ャァァァァ!?」
大型車並みのド太いタイヤが炎を纏い、空中に赤い線を描く。
虹のようなアーチは事故車の群れを難なく飛び越え、あっという間に現場側の道へとボク達を届けてくれた。
【チェック:宙を奔るバイク】
これで第一の難関は突破できた。
問題はこの後どうやって着地するのかという一点だけだろう。
勢い付いた速度を殺そうにも、ブレーキはなんの意味もなさない。地に脚着いていないのだから。
「コテツ! このまま跳びますよ!」
「ニャんと!?」
「大丈夫、キミの身体能力なら出来ます」
「うニャ、分かった! マサム、コテツに掴まってて!」
「よし行け! オレ様のことは気にしなくていい!」
「生身なんです、死なないでくださいよ」
「オレ様はリパーだぜ? 自分の怪我は自分で治すっつの!」
ニヤリと笑う彼を瞳に納めると、意を決してギュッと目を瞑る。
彼の言葉が強がりなのはすぐに気が付いた。それでも臆することなく張り上げられた声が、ボクを鼓舞するためなのだということにも。
ここで後ろ髪引かれていては、フカク君の顔に泥を塗ることになる。それこそ彼の望まぬ未来。
ならばとコテツに身を任せ、二段ジャンプの体勢を取ることにした。
「うニャニャ~ッ!!」
「くぅ……!!」
全身が強く下へと引っ張られる感覚。
実際には急上昇による負荷がそう感じさせているのだが、まるで意識だけが先行して身体を置いて来てしまったかのよう。
ようやく意識と身体がシンクロし、ジャンプの到達点へ至ったのだと気が付いた。
今度は二度目の落下が待っている。
「コテツ! どこでもいいので、掴まれそうな所はありますか!」
「え~ッ!? ちょっと、遠いかもしれニャい!!」
「この高度、キミは耐えられてもボクの身体が耐え切れません……」
山なりに跳んだ頂点、一瞬のゼロ速度。その隙を縫ってチラと下を見下ろす。
目算だが地上からは約四階分はあろうという垂直距離。
運が良くても脚の一本は失うことを覚悟しなければならない。
当然、これから荒事を控える身でそんな負傷を負っていられない。
「仕方ないですね」
「ニャ? マサム、どうするの?」
「三段ジャンプです! これで少しはビルの外壁に近付けるはずッ!! 『マスターキー』ファイア!!」
左足の義足に力を込める。
内蔵されていたショットガンが一気に火を噴き、飛び出していく散弾達が地上へ降り注ぐ。
その反動でボクの身体は押し上げられ、僅かにではあるが滞空時間を引き延ばしてくれた。
「マサム! やっぱり落ちちゃうニャ!!」
「いえ、この時間が稼げれば充分です! ワイヤーガン、発射!」
事務所は眼と鼻の先。
懐から取り出した銃を放つと、事務所ビルの窓を盛大に一枚ブチ破る。
そのまま先端に接続されていたドローンを起動させると、自動探知で周囲にある物体へ巻き付いてくれた。
「これでロープは張れました! コテツ、突入しますよッ!!」
「ニャニャ!? 壁にぶつかっちゃうよ!?」
「調整します、心配は入りませんよ!」
窓枠を支点にして、ボクとコテツは振り子のようにビルへとスイング中。
バイクにジャンプに銃弾にと多段ロケット式に加速が進む二人の身体。
地上にぶつからなくとも、今度は壁にぶつかりぺしゃんこは免れない。
「リールを巻いて……くっ、二人の体重では流石にキツいですか……!!」
「マサムー! 壁ー!」
「分かってます! こうなったら……!!」
鉄の左手をワイヤーへ伸ばすと、力任せにグルリと巻き取っていく。
コイルのように鋼鉄の腕へと何度も回していくと、徐々にワイヤーが短くなっていった。
「ヨシ、これでぶつかる先は窓になりましたね」
「でも、マサムの腕! ミシミシ言ってるニャ!?」
「そうですね……このままいくと、恐らく木端微塵でしょう」
「そんニャ!!」
窓へダイレクトに突入すれば、その窓枠を軸にしてボク達の勢いを一点に集めてしまうだろう。
そうなればいくら頑丈な鉄製でもへしゃげてしまう。
替えが効くとはいえ、やはり戦闘前に失うことは避けねばならない。
しかし今さら糸を解こうにも、ガラスに脚が付こうかという瀬戸際。とてもそんな時間は無い。
「コテツ、今です! 爪でワイヤーを断ち切ってください!!」
「ニャるほど! 分かった! ていや!!」
小さな手に隠されていた黒い爪がニュっと伸びる。
まるで刀のように研ぎ澄まされた切っ先が、張り詰めた糸に触れた瞬間。
プツリとあっけなく分断され、ボク達の身体は自由になった。
それは暴走した車を同様に止まることなど出来るわけも無く、透明な板を突き破りながら屋内へと飲み込まれていく。
『パリィンッ!!』
「この階には確か……!!」
『ボフン』
二人を待ち受けていたのは堅い床ではなく、全身を優しく包み込む洗濯物の山。
管理人のナツメさんが趣味でやっているクリーニングの荷物である。
「ニャふ~助かった~」
「ナツメさんには後で謝らないとですけどね。 ですが、そのナツメさんに機器が迫っているかもしれないんです、急ぎますよコテツ!」
「うニャ! 美味しいごはん、また作ってもらうもん!」
「ふふ、そうですね。 さ、降りますよ……もし敵が潜伏しているなら、既に気が付かれているはずです。 気を抜かないでください」
「ふんす! ふんす! コテツ、いつでもイケるニャ!」
「頼もしい限りです。 強化外骨格でも出てこなければ、まず負けない気がしますよ」
「ニャふふ~、もっと褒めて!」
「全部が終わってから、ですよ」
「うニャ!」
コテツをやる気にはさせたものの、何故だかイヤな気がしてならない。
ここへ飛び込む途中、道路にはG・Gの影が見当たらなかったのだから。
評価・ブックマークよろしくお願いいたします!!




