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File:37 虫の知らせ

「うみゃうみゃ……うみゃ~い!」


「おう、闇市(ブラックマーケット)のわりには結構アタリだぜ」


「わざとらしい疑似肉汁が滴って下品なこと以外は、ですけどね」


「これがいいんじゃねぇか。 なぁチビ助?」


「うニャ! この脂おいしい!」


「ハァ……あんまりコテツの舌をジャンクフードで慣れせたくはないですね……フカク君みたいなってしまいそうです」


「どういう意味だよ!!」


「そのままの意味です」


「ニャ?」


 軽食を平らげるころには、バイクを停めていた路地に降りられた。


 昇るのは苦労するが、飛び降りるだけなら雑作も無い。心配なのは床が抜けないかだけである。


「さてと、どうすんだマサム姉? またミュータンテック社にカチコミ入れんのか?」


「それじゃ解決しませんよ。 サイトウ氏の依頼は偽物の方を何とかしてくれと頼まれたわけですから」


「つっても、居場所が分かんねぇよ。 街をブラついて犯罪起こすまで待てってのか?」


「居場所は分かりませんが、目的は分かっています」


「はぁ?」


「マサム、あのゾワゾワの中でニャにか見つけてた!」


 コテツは何かに手を突っ込むような仕草をしながら、身を震わせる。


 ボクとニューロンリンクしていた時に彼女を身体を通った感覚を体現しているのだろう。


「ゾワゾワっつぅのは、ダイブしてた時のことか……?」


「えぇ。 リストの中には顔データだけではなく、施術対象のデータもあったんです」


「つまりアレか! ニセモンの方!」


「そういうことです」


 ボクはコテツから手を離し、フカク君の方へと差し出す。


 すると、それを見た彼も同様に無手を伸ばし無言で重ねた。秘匿情報のやり取りの合図だ。


 ブラックマーケットはいつ情報を盗み聞きされているか分かったものではない。


 ここのモラルは最低値を割るほどに低いのだ。


【チェック:送付するデータ】

 自分の神経拡張機(ニューロナイザー)に保存したリストの一部をピックアップする。

 整形を依頼し施された張本人。その名前の横にある職業欄にチェックマークを添えて。


「コイツは……へぇ、あのブルジョワゴリラと同じハンターじゃねぇか」


「そのハンターが犯罪を繰り返す意味、分かりますよね?」


「コテツは分かんニャい!」


「いや、オレ様も分からん。 そんなことすりゃ、今度は自分がハンターに追われるだけじゃねぇかよ」


「あ! コテツ分かった!」


「げぇ!? ウソだろ!? チビ助のくせに!?」


「ウチのいるあのヒトをやっつけるのニャ! 悪いのはアッチ~って!」


「流石はボクの頼れる助手(ワトソン)君。 正解ですよ」


「マジかよ、本当に負けただと……このオレ様が……!?」


「やった! ニャふ~! コテツすごい! フカクすごくニャい!」


「くぅ……煽りやがるぜ、このチビ助……!!」


 子供と張り合って悔しがっているみっともない大人は放っておく。


 そんなことに構うよりも、利口なコテツを撫でくりまわして褒めるのが先だ。


「よく出来ましたね」


「へへへ~!」


「でもよぉ、その度に手術してまた顔変えんのか? 割りに合わねぇだろ、ソレ」


「いいえ、かなりボロい商売だと思いますよ」


「はぁ?」


「賞金ですよ。 今のサイトウ氏は生死不問(デッドオアアライブ)に指定されるほど吊り上がっています。 事務所の前にもハンター達がハエのようにたかっていたでしょう」


「あぁ~そういやそうだったな」


「デッカイ人が、全部やっつけてたニャ!」


「おかげでハンターも減ってニセモノも動きやすくなったことでしょう。 そろそろ仕上げに掛かるはずです」


「もしや……殺しに来るっつうのか!」


「おそらくはそうでしょうね──急ぎましょう、一つ気がかりがあるので」


 ボクは思案するように顎へ手を掛けて俯いた。


 頭の中を整理するため、余計な情報を遮断するかのように。


「なんだよ、もったいぶんなって」


「今朝、G・Gが言っていたんです。 『最近強化外骨格(メタルスーツ)のハンターが邪魔をする』と……」


「アレを来てると素顔が見えねぇ……じゃぁもしかして……!!」


「ニセモノってことニャ!」


「そういうことです」


 彼らの出した答えに頷いて肯定する。


 複数人がボクの推理と同じ場所に辿り着いたということは、思い違いということは無いだろう。


 これで不安が払拭された。


「なら、マジで急がねぇと!! オレ様のガレージまで被害を出しかねないぞ、あの暴れん坊ゴリラ!!」


「本当に……それが心配なんですよね」


「ニャ? デッカイ人、強いから安心じゃニャいの?」


「強いから心配なんですよ」


「ぬぁ……?」


 ボクの言葉が上手く飲み込めないのか、コテツは不思議そうに首を傾げる。


 だが、細かく説明している暇は無い。


 フカク君のバイクに飛び乗ると、急く彼と共にブラックマーケットを後にした。


「ナツメさんがいるので無茶は止めてくれるとは思いますが……心配なので一応確認してみます」


「おう、運転は任せとけ」


「マサム、またボ~っとするニャ?」


「良い機会です、キミも通話に参加してみますか」


「ニャ?」


 ボクの胸の下で丸くなっているコテツの指先を突いて、黒い爪を無理矢理に伸ばす。


 マッスルメタル製の爪は神経(ニューロン)をよく通す。


 ハッキングの時とは逆に、彼女をボクの意識へ介入させて遠隔通話を体験させるつもりだ。


「さ、準備はいいですか」


「分かんニャいけど、うニャ!」


 ボクの右手の肉球(パッド)で優しく包み込んだことを確認すると、コメカミに据えつけられている機器へ左手を添える。


 ニューロナイザーの外部スイッチでワンプッシュ通話を開始したのだ。


 短い電子音が響き、すぐに視界の隅でウィンドウが浮かび上がる。


 本来は通話相手の顔が表示されるのだが、固定電話相手なので今回は黒塗りだ。


《ナツメさん、今すこし話せますか?》


「ニャ!? マサム、口動かしてニャいのに、喋ってる!!」


「頭の中に声が響く~ってか? カッハッハ! 期待通りの初心(ウブ)な反応だぜ」


《コテツ、キミもこうやって話せるはずですよ。 意識を集中させればいいだけです》


《こう?》


《できるじゃないですか。 飲み込みが早いですね。 ハッキングといい、才能があるようで嬉しいです》


《ニャっふん! コテツ、えらい!》


 褒められたのが嬉しいコテツが胸を張って反ろうとしたが、後ろにいたボクの胸に阻まれた反発力で逆に倒れ込む。


「なにやってんだ、オマエら……?」


「ニャう……失敗」


「しッ……静かに。 繋がったみたいです」


《お待たせぇ。 どうかしたのかしら、マサムちゃん?》


《いえ、そちらの様子が気になったので。 サイトウ氏は変わりないですか?》


《おっちゃん、元気になったかニャ?》


《あら! コテツちゃんもいるのね! どうやってるのかしら?》


《あの、その話は後にしてもらえますか……》


《ごめんなさい、そうだったわね。 マサムちゃんのお客さんなら、お茶を飲んで休まれてるわよ》


《意外と図々しいヤツですね》


《ねー! デッカイ人は?》


G・G(好い子ちゃん)のことかしら? ずっとお外にいるみたいだけど?》


《分かりました。 いいですかナツメさん、そのまま絶対に外へ出ないでください。 悪い虫が来ているみたいですので》


《まぁ、そうなの。 分かったわ、みんなも気を付けるのよ?》


《うニャ! コテツ、強い! マサムも、強い! 平気!》


《そういうことらしいので、それでは──》


 ナツメさんの安全のために念押しして遠隔通信を閉じる。


 ふと視界を横切る影につられて見下ろすと、コテツが空を掻いているところだった。


「ニャんと!? マサム! ここにあった変なの、消えたニャ! あ! もう声も出る!」


「通信のウィンドウですか? まぁ、そういうものです。 そのうち慣れますよ」


「つか、どうだったんだよ? オレ様にも情報共有してくれよな」


「今のところは心配なさそうです。 ただ……」


「なんだよ?」


「G・Gが戻って来ないとのことでした。 もしかしたら……」


「もう来てるかもしれねぇってことか──こうしちゃいられねぇ! 飛ばすぜオマエ達! 掴まってろよォ!!」


「ニ゛ャッ!?」


 フカク君がアクセルを回し切るのと同時に、コテツの悲鳴が響き渡る。


 リミッターを外した暴走族チューンのバイクが爆音を掻き鳴らし、貧民街に木霊していった。

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