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File:36 ネットダイブ

 鉄の板をものともせずに突き刺さった爪。


 それを通してコテツが何かを感じ取ったのか、ザワリと彼女の毛並みが逆立つ。


 通電しているのか、わずかにパチパチと弾けるような音も鳴っていた。


「どうですか?」


「ニャぅ……ニャんか、ごちゃごちゃしてる」


「良かった、受け答えはできますね」


「マジかよ……本当にアイス突破してんのか……」


「ほほう、興味深いな──是非ともその少女を解剖したいものだ。 クク、どこ製かね? マッスルメタルとなると大手のカネモトかな?」


「コーポから逃げている身には関係ないでしょう。 黙っていてください」


「フン……いいさ、勝手にしろと言ったからには従ってやろう」


 白衣の男はそれでもジロジロと好奇心に満ちた視線を隠そうともしない。


 バイザーで隠していようと、下心丸出しの眼は分かりやすものなのだ。


「コテツ、端末のロックを解除してください。 あとはボクが見つけ出します」


「うニャ! それなら簡単!」


 二つ返事で頷くと、少女は目をつむって数秒黙りこくる。


 するとあっという間に端末の映像が変化していく。


 アイスだけではなく、パスワードや神経認証、その他の煩わしいモノを全て取っ払ってくれたらしい。


「あぁ、なんという……それを用意するのは大変だったんだぞ……」


「随分と手間な細工してんじゃねぇか。 相当にやましいモンでも隠してんだろうぜ」


「ボクも同感です──が、今欲しいのは顧客のデータだけです」


「マサム! もう、いいニャ!」


「分かりました。 念のため、キミを通して入らせてもらいましょうか」


「ニャ?」


 端末へ突っ込んでいる方とは逆の手を取る。


 コテツの小さなその掌とボクの右手を重ね合わせて、外れないように指を絡めて握りしめた。


 これで通信切断の事故は減るだろう。


「ニャ! マサムの手、あったかい!」


右手側(こっち)は生身ですからね。 さてと、少し──キミの身体を通らせてもらいますよ」


「ふニャぁ……!! ニャんか変な感じ!!」


 掌の黒い肉球(パッド)を介して、コテツと神経接続(ニューロンリンク)を行う。


 互いの意識が触れあい、裸でぶつかるような感覚が返って来る。接続成功の印だ。


 温かい空間を抜け、そのまま暗く深い場所へと意識を落としていく。


【チェック:ネットダイバー】

 ニューロンネットワークは極北の氷海のようなもの。

 潜れば潜るほどに圧迫され、身を削ることになる。まさにダイブだ。

 報酬と帰還のリスクを天秤に掛け、失敗すれば自我を見失う。コテツのフォローがなければ、ボクも難しかっただろう。


「見つけました……隠されていた顧客データ」


「やったなマサム姉!」


「ニャ! よく分からないけど、すごい!」


「────不愉快だな、用事が済んだなら早く出て行ってくれ」


 後ろから白衣の男のイラついた声が聞こえて来る。


 どうせこのファイルにも細工があったはずなのだろう。それもコテツのおかげで丸裸だったわけだが。


「まだ中を確認していません、急かさないでください」


「つか、あのサイトウとかいうオッサンを探すのか? アイツは弄ってねぇだろ」


「そっちじゃありませんよ。 偽物の方です」


「あぁ、なるほど……つっても名前も分かんねぇぜ?」


「顔のデータは添付されているはずです。 それを探ります」


「ぬぁ、ニャんかムズムズする」


「もう少しの辛抱です。 我慢してくださいね、コテツ」


「うニャ」


 頭の中に流れ込んで来るデータを虱潰しの開いていく。


 検索で添付ファイルだけに絞り込んではいるが、それでもかなりの量があった。


「なぁ、もういっそこの変態白衣を締め上げちまった方がいいんじゃねぇのか?」


「ダメです。 一瞬でも触らせれば全体にデータを抹消するでしょう。 今はコテツが直に接続しているので手出しは出来ないようですけどね」


 チラリと後ろを盗み見る。


 案の定、彼は唇を噛み締め悔しそうな顔をしていた。


 既に遠隔で試したはいたのだろう。妙に口数が減っていたので怪しいと思っていたのだ。


「うニャ、またチクっとしたニャ」


「ん? お、もしかしてテメェ! 口出しねぇとか抜かしておいて、チョッカイかけてんな!?」


「や、止めたまえ! 暴力では何も解決しないぞ!」


「平気でウソ吐いたクセにナマ言ってんじゃねぇぞコラ!」


「そっちはもういいですよ、フカク君。 ようやく当たりましたから」


 今にも殴り合いをしそうな二人を止めると、ボクは脳内に広がるデータ群を睨み合う。


【チェック:添付データ】

 視界に映る写真にはまごうことなきサイトウ氏の顔そのもの。

 出所を調べてみると、なんとミュータンテック社の文字が記されていた。


「ミュータンテック社……またココと縁があるとは……」


「あん? それってよぉ……マサム姉が昨日、忍び込んだっちゅうアレか?」


「ええ、コテツもそこで見つけました」


「マサムと会ったニャ!」


 コテツが嬉しそうに胸を張る。


 彼女が急に動くモノだから、危うく繋いだ手が外れるところだった。


 ニューロンネットワークへのダイブ中に強制遮断なんて、脳へのどんなダメージがあるか分かったものではない。


 慌ててギュッと握り直す。


「なんでもいいけどネ。 もう用は済んだネ? ミスター『ブランク』は忙しいネ、早く帰ってほしいネ」


「分かりました。 データの複製は取りましたし、そろそろ戻りましょうか」


「そうだな、ヒトん家のラボにいるのはどうもムズ痒くてかなわねぇ。 サイトウのおっさんもストレスで剥げてるかもしれねぇしよ」


「でっかいヒトいるのにニャ?」


「ふふ、いるから……でしょうね。 G・Gの暴れ様を目の当たりにしたら気が気でないと思いますよ」


「オレ様のガレージ、無事だといいんだがなぁ……」


「君達、長話は帰ってからにしてくれたまえッ──!!」


 ブランクと呼ばれた白衣の男が声を荒げる。


 ボク達が来てから何一つ思い通りにいかず、相当アタマに来てるのだ。


「コテツ、もう爪は抜いていいですよ」


「うニャ。 あ、マサム! 手は繋ぎたいニャ!」


「気に入ったんですか? まぁ、外に出るまでなら構いませんけど」


「ニャふ~!」


「そんじゃ、世話んなったな! 帰るぜ!」


「二度と来ないでほしいネ」


「ミスター・ワン、後で事情を説明してもらうぞ──よくもこんなヤカラを連れてきてくれたな」


「不可抗力ネ。 ワタシも被害者、いい迷惑ネ」


「ふむ……ボク達、随分な言われ用ですね」


貧民街(こっちの世界)じゃ強ぇヤツが正義だ。 気にするこたねぇよ」


「マサム、偉いもん! コテツも偉いニャ!」


「それもそうですね」


 背中に痛いほどの視線を感じながら、来た道を歩いて帰る。


 道中で奇襲の一つくらいあるものと覚悟していたが、拍子抜けするほど何も無かった。


 ここで騒ぎを起こして、闇医者の場所を勘ぐられる方が損なのだろう。


「ふぅ~汚ぇけど穴倉の空気よかマシだな。 んで、他のリパーも探すか?」


「いえ、あのデータが拡散しているとは考えにくいです。 ここだけで充分でしょう」


「ニャぅ、もう繋ぐのお終いニャ?」


「またハグレると大変ですし、このままにしておきますか」


「やったニャ!」


「今度は腹減ったからって勝手にチョロチョロすんじゃねぇぞ。 そういや、メシ忘れてたな」


「それなら、丁度いいですね。 ココはワン・タンにツケてもらって食べて行きましょうか」


「お! ナイスアイディアだマサム姉! ここの屋台はあのデブがオーナーだったもんな!」


「ご飯~! いっぱい食べるニャ!」


 気が付けばワン・タンとの騒動があった広場に着いていた。


 あの騒ぎがなかったかのように再び何食わぬ顔で営業しており、なんとも強かな商人達だ。


【チェック:市場の品揃え】

 普通は食べないミュータントの肉を焼いたもの。危険な刺激臭がする、絶対ナシだ。

 ネオトーキョー湾では絶滅したはずの種類の干物。何年物なのだろう、怖すぎる。

 合成魚肉の腸詰めをパンに挟んだホットドック。成分は怪しいが比較的まとも。


「そうですね……どうせならあそこのホットドックにしましょう」


「ま、無難だな。 腹は壊さねぇだろ」


「ドック~! んニャ? ね~、ドックって、フカクの家ニャ?」


「あん? あぁ~いや、シャークドックとは別のドックだな。 実はな、ここだけの話なんだけどよ──」


「ニャに~?」


「ありゃ、犬のドックって意味だ」


「ニャんと! マサム、でっかいヒトに、子犬ちゃんって呼ばれてたニャ! マサムと同じニャの!?」


「ぷっ、くく……んで、あの肉はよ。 コンドームに詰めてんだぜ。 つまりゴム味だ!」


「えぇ~! コテツ、そんニャの食べたくない!」


「ハァ……馬鹿げたウソを教えないでください」


「いでっ!?」


 純真な子供をからかう義弟のみぞおちへチョップをおみまいする。


 はだけた衣装で剥き出しの彼の肌に直撃し、腹を抱えてうずくまってしまった。いい気味だ。


「さてと──ホットドック3つ、お代はあなた方のオーナーにツケておいてください」


「はぁ? あッ……へへへ、これはドウモ! 毎度アリ!!」


 ボクの顔をみた瞬間に店員の顔が強張る。


 ほんの少し前に痛い目をみたのだ、忘れるわけもないのだろう。


 すんなりと用意してくれた。

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