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File:35 闇医者ブランク

 案内された穴倉みたいな入り口をくぐる。


【チェック:闇リパーの隠れ家】

 外とは違いかなり光度の少ない陰鬱とした内装。換気の足りていないカビ臭さ。

 およそ人の生活している様子は見られない。

 一目ではこれが『家』だと気が付かないだろう。


「本当に住んでいるんですか、ここに? まるで監禁でもしているような胡散臭さですよ」


「アタシ、ウソ言わないネ」


「ニャ! さっき、コテツのことウソついた!」


「アレは勘違いネ。 誰にでも間違いはあるから、水に流すネ」


「ったく、口の達者なデブだな。 つか、テメェのせいで前が見えねぇんだよ、どけっての」


「むほほ! アタシが案内しないと、アンタら生き埋めになるネ」


 通路の横幅の大半を占めるワン・タンが高らかに笑う。


 その度にプルプルと贅肉がリズミカルに上下し、増幅された振動が通路へ伝う。


 おかげで天井からは埃が止まず、ボク達はすっかり灰被りの白髪になっていた。


「はぁ……キミの体重のせいで、すでに崩壊しないか心配していたところですよ……」


「ふニャ……なんか、ここギシギシ揺れてるニャ」


「むっほっほ! アタシ信じる、アタシ自分の命が何より大事ネ」


「ゲホッ、クソが……これで無駄足だったら許さねぇぞコンチクショウ! ゴッホ、あぁこんなんだったら喉のフィルターくらい付けるんだったぜ」


「それくらいマスクでいいでしょう。 いつも手術で使ってるヤツはどうしたんです?」


 背後から飛んで来る息が煩わしくなり、彼のバカげた発言を咎める。


 ボクの頭に積もった埃を再度ブチまけられると、視界が真っ白になって不便で仕方ないのだ。


「そういやぁそうか! へへ、オレ様にはコイツがあったぜ! 悪りぃな、チビ助。 オマエも生身だが、生憎とコレ一つしかねぇからよ」


「うニャ? ニャにが?」


 自分だけは安全を手に入れたと優越感に浸るフカク君だったが、振り向いたコテツの顔を見て咳き込む。


 彼女の顔に驚いたのだろう。


「コテツはフードパーカーにフェイスカバー機能があるので平気でしたよ。 苦しんでたのはキミだけです」


 今時は素顔を隠すためのカバーくらい大抵の服には備わっている。


 無駄に強がって肌を見せようとするフカク君には無縁だったようだが。


「そういうことかよチクショォォ!!」


「アンタ煩いネー。 もう着いたから黙るネ。 探し人、ここにいるネ」


 ネズミの巣穴のように奥まった通路だったが、突き当りまで来ると急に開ける。


 道を塞いでいたワン・タンが横に逸れると、今まで隠されていた目的地の全貌をようやく拝むことができた。


【チェック:最奥の壁】

 一目見た感想は、まさに牢屋といったところ。

 鉄板の一部に鉄格子が嵌められ、辛うじて中から光が漏れているのが分かる。

 これは中に閉じ込めるためなのか、あるいは中へ入れたいためなのか。いずれにしても異様である。


「で、どこから入ればいいんです?」


「むっほっほ! コッチからは開けないネ。 チョト待ってるネ」


 ワン・タンが自分の身体で手元を隠すと、ガチャガチャと何か弄っている音が聞こえて来る。


 おそらく、あの鉄板の一部をスライドさせて神経拡張機(ニューロナイザー)を繋げているのだろう。


 この貧民街ではそれだけでもかなりの防犯装置になるはずだ。


「むほ、これでいいネ」


『ガッ、ガガガ──』


 重々しい摩擦音を鳴らしながら、徐々に鉄板がせり上がっていく。


 すると、眼も眩むような眩しい白色光がボク達を出迎えた。眩しくて視界が奪われる。


「うぉッ、眩しッ!?」


「ぶニャ!? 眼が痛いニャ!!」


「肉眼は辛そうですね。 眼の痛みというものは久しく感じていないので、羨ましいモノです」


「ニャぅ……痛いのが羨ましいのニャ?」


「失って初めて惜しくなるものですよ。 人間性というものは──」


「ニャるほど……?」


 コテツは返事こそしたものの、よく理解できていないようだった。


 しかし、彼女だって全身に異物を取り込んでいるのだ。いつか実感するときが来るだろう。


 その時にボクの言葉を思い出してくれればそれでいい。


「っつう……クソ、ようやく眼が慣れて来たぜ。 お、なんだよ思ってたより立派な設備してんじゃん」


「むほほ! コイツ我が儘だったからネ。 ここ作るのトテモ金掛かったネ。 アタシの金じゃないけどネ」


「つまり、『彼』が自ら出資したと?」


 ボクは真っ白い部屋の中に佇む白衣の男を指す。


【チェック:白衣の人物】

 背中を向けてはいるが、『彼』と断定した。

 義眼機能(アイ・インプラント)義体(ウェア)のスキャンをかけたところ、男性器を取り替えていたのが判明したからだ。

 いわゆるチンプラントと呼ばれる、遊郭(ヨシワラ)で人気のウェアだ。


「たっぷり夜遊びできるほどの金持ちらしいですから」


「むほほ、そういうことネ。 ミスター『ブランク』、お客さんネー!」


 ブランクと呼ばれた白衣の男がゆっくりと振り返る。


 はだけた白衣を翻し、細身で血色の悪い肌をまざまざと見せつけていた。


 辛うじてブリーフパンツだけは履いているので、見たくもないイチモツを見なくて済んだのは幸いか。


「客……そんな話、聞いていないぞ」


「むほ、チョット緊急の話ネ。 ほら早く済ませるネ、アタシの仕事ココまでネ」


「ええ、分かっています」


「なんだね、君達は……」


「こういう者ですよ」


 あれこれ説明するよりも、ボクのトレードマークを見せる方が手っ取り早い。


 太ももの『正正一』と刻まれた印。


 それを眼にした瞬間、ブランクは目を丸くした。


「なんと! 企業に喧嘩吹っ掛ける愚か者がいると聞いていたが、君であったか──」


「そう言うソチラも企業に喧嘩を売ったのではありませんか?」


「……なぜそう思うのかね」


「こんな穴倉で厳重に警備まで敷いて隠れているんです。 考えるまでもないでしょう」


「クク、そう言われては敵わないな」


 目元を覆うバイザーが怪しく光る。


 ニヒルな口元も合わせてなんとも胡散臭い男だ。


「して、何用だね君達は──」


「少しソチラの仕事の履歴を調べたいだけですよ」


「だけ? おやおやおや……随分と軽く見られたものだな」


「そうだぜマサム姉。 普通よぉ、誰を弄ったとか見られたくないもんだぜ? 信用問題だからな」


「軽いニャ? アイツ重そうだけどニャ……?」


「わざわざここまで脚を運んだんです。 そのままハイそうですかと、引き返すと思っているんですか?」


 周りの話を無視して、ボクは『鉄の左手』を光にかざしてギラリとした反射光を返す。


 光に当てられた白衣の男は苦虫を噛み潰したように口元を引きつらせていた。


 バイザー越しでも眩しいのか、あるいは威圧的な態度に嫌気がさしているのか。


 いずれにしても良い気分ではないだろう。


「ふん、ワン・タンが連れて来た時点で覚悟はしていたさ。 抵抗はしないとも、勝手にしたまえ」


「話が早くて助かります」


「おいおい、いいのかよ……? なんか()()ねぇか?」


「勝手にしたまえと言っているだろう。 まぁ、それで君達が()()()()()()知ったことではないがね」


「どうニャるの?」


「おおかた、データに細工でもしているのでしょう」


攻勢防壁(アイス)か……どうすんだ姉貴様よぉ。 コッチにはネットダイバーなんていねぇぞ? 出直すか?」


「大丈夫です、このまま強行します。 ここで退けば、金輪際このチャンスを失うことになりますから」


 ボクの言葉に反応し、白衣の男は勝ち誇ったような顔を浮かべている。


 どうせ出来ないと高を括っているのだろう。


 羽振りの良さそうな設備から見ても、それが虚勢ではないことがうかがえる。


「馬鹿、そんなことすりゃ脳が焼かれちまうっての! そっちは肉の基(ミートソース)じゃ治せねぇんだぞ!?」


「むほほ! そうなったらアタシが引き取ってやるネ。 高く買い取るネ」


「ダメ! マサムのこと、取らニャいで!!」


「ありがとう、コテツ。 では、そうならないようにキミに一仕事してもらいましょうか」


「はぁ!? 正気かよ!! んなことできるわけ──」


「出来ますよ。 この子はマイマイのアイスも破りましたから」


「ウッソだろ……!? このチビ助が……!?」


「ハハハ、何を言い出すかと思えば戯言を──子供を自殺させるとは君もなかなか悪趣味じゃないか」


「キミと()()()しないでください。 さ、コテツ……そこの端末に爪を差し込んでください」


「うニャ! これでいいニャ?」


 コテツが黒い刃を指先から伸ばす。


 長い鉤爪のようなそれは、まさに鍵となって情報端末へ食い込んでいった。

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