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File:34 虎穴に入らずんば

 完全にキマった、そう確信できる。掴まれた脚が開放されたからだ。


 ワン・タンの頭にめり込んだ足先に反動をつけて跳ねると、ボクはクルリと新体操のように開脚しながら距離を取る。


 地に足が付いたのと同時、気を失った彼は陸に打ち上げられたクジラのように醜く泡を吹き始めた。


「──っと。 さぁどうです? まだやりますか?」


 啖呵(たんか)を切りながら、ざっと周囲を見渡していく。


 今にもコテツ達へ襲い掛かろうとしていた店員共はアングリと口を開けて呆けていた。


 眼にした事実が飲み込めていないのだろう。


「うニャ! マサム! すごい!! クル~ンってなるやつ、綺麗だったニャ!」


「うへぇ……あぁ~ぁ、このデブ泡噴いてら。 脳をぐっちゃぐっちゃにシェイクされたんじゃねぇの。 ちっと、やりすぎじゃねぇか?」


「失礼ですね、先に手を出されのだから正当防衛です。 もちろん、そちらの皆さんも見ていましたよね? コテツの件も『しっかり』と見ていたようですので、見逃すわけありませんし──」


 念を押すようにアクセントを付けて語り掛ける。


【チェック:闇市の店員たちの反応】

 先程の偽証の件をチクりと突いてやった。

 すると面白いように動揺が奔り伝播する。

 彼らは互いに眼を合わせると、今までで一番息ピッタリに合わせ逃げ出していく。


「ふぅ、まったく薄情な子分たちですね。 親分を見捨てて保身に走りましたか」


「マサム姉が怖すぎんだよ……」


「ちがうもん! マサム、カッコイイニャ!」


「ありがとう、コテツ。 キミだけですよ、ボクの味方なのは──」


「ちょ、おい、待て! まるでオレ様は仲間外れみてぇじゃねぇか! 考え直せ、オレ様は敵じゃねぇぞ!?」


「おや、何を慌てているんですか? やましいことでも?」


「マサムの味方! コテツだけ! ニャフー!」


「ずりぃぞ、チビ助! 一人だけ安全圏で高みの見物かよッ!?」


 二人のオカシナやり取りにクスリと笑いをこぼすと、後ろから呻き声が聞こえて来る。


「むぐ、むほっ……」


「ふむ、流石に丈夫ですね。 もう目が覚めたのですか」


「マジか、コイツ本当に人間かよ」


「ツンツン……ニャは~! コイツ、ぷるぷるしてるニャ!」


「コテツ、()()()()から触っちゃダメですよ」


「ニャぅ、面白かったのに……」


 コテツの刺激が呼び水になったのかもしれない。


 巨漢の大男はハッと眼を見開くと、勢い良く上半身を起こす。震える肉の弛みはまるでセイウチかトドだ。


「むほっ!? アタシ、いったいどうしたネ……?」


「コレを見ても思い出せませんか?」


 寝ぼけたワン・タンの目の前に、ボクの脚をスラリと伸ばしてこれでもかと魅せつける。


 じっと凝視していた彼だが、だんだんと記憶が呼び起こされているのか脂汗がとめどなく流れ落ちて行った。


「ほ、ほぉぉ!! むッほッ~!? も、もうしないネ! ゆ、許してほしいネ! アレは出来心ネ、話せば分かるネェェ!!」


 全力で額を地面に擦り付け、見ているコチラが心痛むほどに謝罪を述べる。


【チェック:急変した今の状況】

 この変わり身の早さこそ、裏世界で生き残る処世術なのだろうか。

 チラとフカク君へ視線をやると、ワン・タンの豹変ぶりに引いているようだった。

 コテツは相変わらず面白がっているだけだったが。


「あのですね、謝罪で済むなら新警察はいらないんですよ。 誠意を示してほしいものですね」


「うっわ、恐喝じゃねぇか」


「うるさいですね、被害者はボクの方なんですから文句ないでしょう」


「ねー、セイイってニャにー?」


「むほっ!? か、金かネ!? それとも男? 女? もしくは店かネ!?」


「こういうのが誠意っちゅうやつだぜ。 まぁようするに、見返りだな」


「ニャるほど!」


 ワン・タンは最初の威勢が嘘みたいに跪き、ボクの脚にすがりつく。


 何でもするから見逃してくれと涙まで流して懇願していた。なんとも安い涙である。


 放っておくと靴まで舐めそうで勘弁願いたい。


「別に金品などを求めてなどいませんよ。 そもそも闇市(ブラックマーケット)にそんなもの期待してませんから」


「そりゃそうだ。 どうせカツアゲすんなら金持ちだよな」


「カツアゲってニャにー?」


「そりゃ、あれだ──」


「フカク君、コテツが不良になるので変なこと教えないように」


「お、おう……」


 チンピラ時代の記憶を呼び起こそうとしていた義弟に釘を刺す。


 彼のヤンチャな武勇伝は、スポンジのように知識を吸収してしまうコテツにとって有毒すぎる。


 キッと鋭い視線を飛ばして全力阻止だ。


「むほぉ……ど、どうすれば許してくれるネ……?」


「ふむ──キミ、ここら一帯に詳しそうですよね?」


「むほっ? と、当然ネ。 この階の市場を作るのだってトテモ苦労して勝ち取ったネ。 周りのことは隅々まで懐柔するために調べ尽くしてるネ」


「なるほど、これは使えますね」


「マサム~、コイツどうするの? やっつけるニャ?」


「むひッ~! やめてほしいのネッ!?」


「ダメですよ、コテツ。 コイツには別の仕事をしてもらうことにしました」


「お! もしかして闇医者(リパー)の居場所かッ! さすが普段からオレ様をこき使う姉貴様だ、人使いが上手いじゃねぇの」


「使われ慣れてる弟君は察しが良くて助かります」


「うるせ」


 自分から自称したくせに、突っ込まれると不貞腐れてしまった。


 面倒臭い男心に付き合う気も無いのでワン・タンの方に注力する。


「それで? 居場所はどれほど掴んでいるんですか? ヤクザまがいにケツ持ちくらいはしているんでしょう?」


「むっほ、なんでバレたのネ……」


「なんで隠せると思ったんですか。 あれだけ暴力をチラつかせておいて」


「しかしネ、アレはバレると警察が煩いのネ……どうしてもかネ?」


「ニャ! マサムにちゃんと答えて! でないと、コテツ怒るニャ! フゥッー!!」


 そう言うと、彼女はズイと前に躍り出て威嚇を始める。


【チェック:コテツ】

 両手の先から黒い爪を伸ばし、鋭い切先を豚男の喉元へ突き付けていた。

 いくら肉の鎧といえども刃物ばかりは太刀打ちできないだろう。

 薄皮一枚食い込むその様は、本当に殺るという決意が見て取れた。


「む、むっほ~!! なんなんだネ、この小娘!? こんなヤバいガキだと知ってたら、ちょっかい出さなかったのネ!!」


「怒ったその子がボクの声も届か無くなれば、キミの命の保証はできませんね。 穏便に済ませたいなら、分かりますね?」


「む、むほぉ……降参ネ。 案内するネ、だからコレを……」


「コテツ──」


「うニャ! マサム! コテツ、役に立ったニャ?」


「ええ、もちろん。 とても助かりました。 おかげで用事が早く片付きそうです」


 一声かけると、猫らしくニュっと爪を収納してくれる。


 矛を納めた猫耳娘はべったりとボクにひっつきながら頭を押し付けてきた。


 頭を撫でろという催促だろう。望みとあれば応えるまで。


「ニャふ~! コテツ、偉い! マサムの相棒!」


「つっても、そもそもオマエが起こした騒ぎだけどな」


「いいじゃないですか。 結果が良ければ、それで──ほら、それよりもサッサと案内してください」


 ずっと脚に縋りついて鬱陶しかったワン・タンを蹴りつける。


「むほッ! 効くネ~! こ、こっちネ……アタシに着いてくるネ」


 頭に叩き込んだ蹴りがよほど脳裏に焼き付いたのだろう。


 ボクに蹴られるという行為に対してやたらと敏感になってしまったようだ。非常に気持ちが悪い。


 だが、おかげで素直に言うことを聞くようになったのは幸いだろう。


 ワン・タンはトリュフを探す豚のように不気味な鼻を鳴らして入り組んだ道を辿っていく。


 ボク達もそれに続くと、何人か門番らしい男達とすれ違った。


 ここいらの顔役なだけはあり、彼に続いていくと顔パスで素通りできてしまう。


「むっほっほ! ココが最初の闇リパーネ。 本当だったら、紹介するだけでかなり金取るネ」


「へぇ、オレ様の記憶とは全然違ぇとこに移転してたのか」


「危うく、キミの曖昧な記憶で徒労に終わる所でしたね」


「仕方ないネ。 コイツ等を匿うようになったの最近ネ。 チョト前から、裏の奴ら無差別に狙われてるネ」


「ほう、だんだんキナ臭くなってきましたね。 どうやら、ここへ来たのは間違いではなかったかもしれませんよ」


 ボクの探偵としての『鼻』も捨てたもんじゃないらしい。


 サイトウ氏の偽物騒ぎ解決の糸口が、ほんの少しだけ見えて来たような気がするのだから。

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