File:32 ブラックマーケット
「ね~! コテツも! コテツも、マサムのお手伝いする!!」
「ごめんね、コテツ。 これはG・Gにしか頼めないんです」
「ニャぅ……」
「残念でしたわね~オチビちゃん! ここはグレート・ガールたるワタクシに譲っていただこうかしら~!!」
「それで、お願いというのがですね。 ナツメさんが二階で匿っている、サイトウ氏を護ってあげてください」
「ちょっとお待ちなさって、『子犬ちゃん』!? その方ってさっきの賞金首じゃありませんの!? どういうことでして!!」
内容を聞いた途端、彼女は血相を変えて詰め寄って来る。
もともと彼女もそこらでノビているハンターと同業なのだ。同じように賞金首を狩りたいに決まっている。
だからこそ、先に言質を取っておいたのだ。
「さきほど、キミは協力すると承諾しましたよね? 今さら止めたはナシですよ」
「ムキィィ!! 謀りましたわね!!」
「すぐに戻りますから、それまででいいんです。 さっきのようにハンターを蹴散らして暇をつぶしてください、キミならぞうさもないでしょう?」
「モチのロンですわ、ワタクシを誰だと思ってますの!!」
「この街で最も強く美しいG・G様でしょう?」
「その通りですわ~!! お~っほっほっほ! このワタクシが引き受けたからには、豪華客船に乗ったつもりでよろしくてよ~!!」
ダメ押しのリップサービスで口説き終える。
これで気がかりなく場を離れることが出来るわけだ。万が一にもナツメさんを巻き込むわけにはいかない。
「では、よろしく頼みました。 フゥ……」
「お疲れさん。 もう行っていいのか、マサム姉?」
これでおべっかを使う必要もなくなった。
背中にいるフカク君をポンと叩き合図を送る。
「ええ、お願いします」
「またニャ! デッカイひと!」
「お~っほっほっほ!!!」
彼もG・Gの破天荒さに辟易していたのだろう。アクセルがいつもより強い。
去り際のどさくさに紛れて、コテツがG・Gの胸を触っていた気がする。いやきっと気のせいだろう。
そうでなければ、また機嫌を取るために無駄な時間を費やされる羽目になるのだから。
「それでよぉ、今度こそ何処に向かおうってんだ?」
「ニャ! コテツ、おでんのところがいい!」
「おでんだぁ? それって、あれか! マサム姉の行きつけのオーディーンだったか?」
「残念ですが、今日は行きませんよ。 そもそも昼間はやってませんし」
「ニャぅ……残念」
「チビのくせに食い意地張ってんなぁ……さっき朝飯喰ったばっかだろうが」
「フカク君だって細身の大食いなんですか、人のこと言えないでしょう」
「おっと、コイツは不覚だったぜ。 痛いとこ突かれちまったな」
『グゥ……』
「ニャんの音? マサムの?」
【チェック:音の出所】
背中越しに、彼の腹の虫が聞こえて来る。ついでにお腹側からはコテツの音だ。
腹ペコの食べ盛りに挟まれて、ボクまで小腹が空いてきそうになる。
「ボクじゃなくてフカク君のですよ。 ハァ……仕方ないですね。 目的地は闇市です、ついでに何か買い食いでもしたらどうです?」
「へへ、ありがてぇ。 そんじゃお言葉に甘えさせてもらうとすっかな」
「コテツも、食べる! ニャに食べるの!?」
「あそこは気まぐれですからね、あるものを食べるしかありませんよ」
「それが闇市の醍醐味っちゅうもんよ、そんじゃ飛ばすぜ! 貧民街なんて、どうせ車なんか来ねぇしよ!」
『ブロロロロォン』
馬の嘶きのようにエンジンが唸ると、あっという間に裏手の貧民街の中心部へと辿り着いた。
周囲は一気にゴミゴミと雑多な雰囲気に飲まれ、ネオン街とは違った様相を見せる。
【チェック:貧民街】
右も左も物の山。ゴミなのか家具なのか判別付かない。
掘っ立て小屋の違法建築は芸術レベルであり、なぜ自重で潰れないのか不思議なくらいだ。
深雑怪奇な迷路状態の入り込みかたであり、一般人が迷い込んだら出られないだろう。
「着きましたね。 もう進めませんしバイクは置いていきましょう」
「そうだな。 おいソコの! ちっとばかしの間、コイツを見ててくんねぇか?」
ゴミ山に足止めされた道の路肩へ寄せると、フカク君は近くの人間を呼び止める。
そして、ポケットから取り出した紙幣を適当に握らせた。
「お、へへ……こんなにいいんですかい?」
「いいから、とっとけ。 その代わり、傷でもつけたら承知しねぇぞ!」
「まいど! へへ、旦那……お気をつけて」
ヘコヘコと頭を下げる浮浪者を後に、ボクらはどんどん奥地へと脚を踏み入れる。
「へぇ、現金なんて久しぶりに見ましたよ」
「ここいらのは神経拡張機入れられるほど余裕はねぇからな。 現金しか使えねぇんだぜ?」
「覚えておきます。 コテツも入れてないので、小遣いは現金を用意しないといけませんね」
「ニャ? コテツも、あのわしゃわしゃの紙、持つの?」
「カッハッハ、チビ助にはまだ早そうだぜ?」
「ふむ……貨幣概念から教えないと、ですか」
施設育ちの箱入り娘の教育は、思っていたよりも骨が折れそうだ。
とはいえ、しばらくはボクと共に行動するのだから急ぎではない。気長に考えておこう。
「フカク君、闇リパーの居場所は知っていますか?」
「まぁ、一応な。 あんまし仲は良くねぇけどよ」
「商売敵ですからね、キミ」
「とりあえず、一番近いのはもうちょい先だったはずだぜ。 でもよぉ、何しに行く気だよ? サイトウのおっさんは闇の仕事じゃねぇって言ったろうが」
「いいですか、推理に必要なのは『証拠』です。 『違う』という確たる証拠が欲しいんです。 それに……」
「なんだよ?」
「彼らがサイトウ氏の顔データを持っているか、それも知りたいんです」
「あぁ、それもそうか。 あのおっさんは『売ってねぇ』とは言ってたが、それも証拠が無いっつことだな?」
「その通り。 キミにしては察しが良いですね」
「へっ、褒めんなって。 つか、チビ助どこ行った? さっきから見えねぇぜ?」
「はい?」
彼に指摘され、初めて後ろを振り向く。
ずっといると思っていた猫耳少女の姿は無く、影も形も見当たらない。
「おかしいですね……さっきまでは……」
「なんつうかよ、嫌な予感がしねぇか? ただでさえ治安もクソもねぇ無法地帯だしよ」
「やめてください、そういう不安を煽る言葉は──だいたい、あの子はマッスルメタルを身体中に張り巡らせた超人ですよ。 むしろ、誰かに迷惑をかけていないかのほうが心配です」
「そういやそうか。 お~いチビ助! どこ行ったんだ、帰ってこぉい!」
「ふむ、返事はなさそうですね。 鈴でも付けた方がいいのでしょうか」
「んなもん後の祭りだ。 まずは探さねぇと、だろ?」
「闇雲にですか? この立体迷路のような闇市を?」
「いや、けどよ……」
強面な顔しながらも、彼はなんだかんだと面倒見の良い男である。
元々は暴走族のリーダーだったせいなのだろう。舎弟の扱いも妙に上手い。
そのせいか、ボクなんかよりも子供のことを気にかけて心配してくれているらしい。
【チェック:周囲の状況】
どの浮浪者も今を生きるのに必死そうだ。とても他人を気にしている余裕は無く、尋ねても無駄だろう。
雑多な生活音が入り混じり、声も頼りにはならない。
匂い……犬のように、とまではいかないが『気になる香り』が漂っているを嗅ぎ分けられた。
「手掛かり、見つけたかもしれません」
「早ッ!? ウソだろマサム姉!?」
「キミ、さきほどお腹を鳴らしていましたよね。 でしたら、この焼き目の付いた匂い……かなり魅力的に感じませんか?」
「はぁ? いや、確かに美味そうだけどよ……」
「きっとコテツもそう思ったはずですよ」
「おぉ~なるほど……んじゃ、腹の虫に道案内してもらうとすっか」
引き締まった腹をポンと叩いたフカク君は、すぐに匂いの元へと探り出す。
こういうのは空腹の者に任せた方は良い。人間、ギリギリなほど意外な能力を発揮するものだ。
「おし、コッチだな! 着いてこい、マサム姉!」
「上へ昇るんですか? なるほど、香りをバラ撒くのにはうってつけですね。 上手い商売を考えたものです」
「近いぜ、たぶんこの先だ。 ほら、手ぇ貸すぜ」
背丈の高い分、彼の方が手脚も長い。スイスイと巨大な違法建築の集合体を昇ってはボクを引っ張り上げていく。
傍から見ればボク達は蜜へ群がるアリのように見えることだろう。
そうこうしていると、開けた広場のような階層に辿り着いた。
「おや、アソコにいるのは……」
出店のようなモノが立ち並ぶ広場の一画、そこの人だかりに目が行く。
もちろんコテツがいたからだ。そして、常人の数倍は重そうな肉団子のような大男の姿も──
二人がなにやら言い争っている喧騒が届き、一触即発の空気が広場に満ちていた。
「おいおい、早速イヤな予感が的中っぽいぜ?」
「残念ながらそうらしいですね」
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