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File:30 シャードック探偵事務所

「ともかく、探偵が見つかったなら話が早い! 頼む! ワタシの偽物をどうにかしてくれないか!?」


「『偽物』……察するに、ソイツのせいでお客人が賞金首になってしまったと?」


「おぉ、その通りなのだ! やっと分かってくれたか!! 本当にソックリでな、完全に『同じ顔』なのだよ!」


 理解者が現れたことで、男はまるで何日も詰まっていた便がやっと出たとばかりに顔をほころばせる。


 きっとここに来るまでも身近な人間へ説明しても聞き入れてもらえなかったのだろう。


 だがそれよりも、ボクには『同じ顔』という単語が気になった。


 『顔剥ぎ』のクローンの件もある、探偵としての勘が何かを告げていた。


「ええ、もちろんです。 くだらない内容であれば警察を紹介するところでしたが、お客人の話に興味が湧いてきたので。 よろしければ、お名前を聞いても? 」


「では! 依頼を受けてくれるのかねッ!?」


 早とちりする男の期待を変に裏切ってしまわないように、イエスもノーも答えない。


 ただ『話に興味が出ただけ』なのだと強調するため名前の催促をする。


「ゴホン──」


「あ、いや、すまない……ワタシの名は『サイトウ』。 今は小さな取引をするフリーのサラリマンだがね、これでも以前はコーポでバリバリ働いていたのだ」


「サイトウ氏ですね。 探偵を探しに来ているんですし、ボクの名前はご存じでしょうが……一応名乗っておきましょうか。 『私立探偵のマサム』です」


 名刺代わりにと、ボクは太ももに印字された『正正一』の数字を見せる。


 こんなタトゥーを刻んで生きていられるのは一人しかいない。


 なにせ、あの伝説的ニンジャ『顔剥ぎ』からの生存者の証なのだから。


「お、マサム姉の予想当たってんじゃん。 マジでコーポの脱落組(ドロップアウト)だぜ、コイツ」


「コーポに居続けられるほうが異常ですから。 サイトウ氏がむしろ普通なんですよ」


「まぁ、そうだな……あそこは異常だよ本当に。 ワタシにはヴァーチャル帰宅しか許されない激務を耐えられなかった……常に監視されて、真の自由など一秒も無かったのだからね」


 辛い過去がフラッシュバックしたのか、サイトウは虚ろな目で遠い何処かを見つめていた。


 心ここにあらずといった雰囲気である。魂が抜けているという表現が正しいだろうか。


「うへぇ、アイツ等マジでよぉ……人間を歯車か何かと勘違いしてんじゃねぇのか?」


「はは、いやまったくだ……酷いヤツラだよ」


【チェック:サイトウ】

 眼は死んでいるものの、肌艶の健康状態は良好。

 頬の肉は盛り上がっており、最近笑い慣れていることが分かる。

 人とのコミュニケーションを好む人物のようだ。


「逆に、サイトウ氏にとっては今の職業の方が肌に合っているみたいですね」


「あぁ、実入りはかなり減ったが、充実した毎日だよ。 それを……それをあの偽物が全てブチ壊したのだ……!! 職場も、友人関係も、何もかもを──」


 静かな怒りに触れて、紳士の頬がプルプルと揺れた。


 そんな彼の怒りが増すことを承知で質問を投げる。


「サイトウ氏が実際に偽物に会ったことは? 本当にいると言い切れますか?」


「疑うのかね!?」


「そういう職業ですから」


「む……いいだろう。 言い切れる! この眼でしっかりとね、見たのだ! 完全にワタシだったよ、あれはね!」


「ちなみに、どこで目撃しましたか? お一人で?」


「む、まぁ……確かに一人だったな。 あれは仕事でたまたま街を回っていた時だ。 取引先の一つから出て来る強盗がいてね。 霧も出ていないからハッキリと見えたとも」


「なるほど。 白昼堂々と、それで賞金が付いてしまったわけですか」


「あの時は驚いてしまってね、追うこともできなんだ。 おかげで店の者には犯人呼ばわり、まったくいい迷惑だよ!」


「それで、犯人は何を盗んで行ったのですか?」


「あぁ、たしか現金と金目の物を手当たり次第だとか。 普通の強盗だよ」


「おかしい……元コーポという『美味しい立場』を利用した犯行にはとても見えませんね。 なぜ、わざわざ氏を選ぶ必要が?」


 犯人の気持ちになって、『何故』をいくつか想定してみる。


 そうやって可能性の芽を摘み、真実を見つけ出すのだ。


 ボクが考え込んで黙ったせいだろう。横からフカク君が口を挟み始めた。


「にしても、完全に一緒の顔っつうことはだぜ、あれか? おっさん、どっかのリパーに顔データでも売ったのかよ?」


「知らん! リパーの伝手すらない! もともとワタシは義体(ウェア)とかいうものを好かないのだ! コーポ時代だって、上からの命令じゃなければ神経拡張機(ニューロナイザー)だって入れなかったろうさ!」


「ほぉん、おっさん筋金入りの自然主義者(オーガン)なんだな」


「そう言うソチラは違うのかね。 見たところ若いのにウェアを入れていないだろう」


「フカク君のはただの『強がり』ですよ。 しかしそうなると妙ですね……」


「な、なにがだね……?」


 思案しながらボクは首をさする。ツルリとした首輪(ネックプレート)が金属音を鳴らしていた。


 その美しく磨かれたその表面に、困惑した顔のサイトウ氏が映りこむ。


「氏はコーポ務めだった。 つまり、入社時に顔認証(フェイスアセット)をネットワークで保護されるはずなんです」


「む……? ワタシはそっち方面に疎くてな……分かるように言ってくれないか?」


「おっさんよぉ、つまりだぜ? オレ様みたいな立派なリパーがいるとすんだろ。 んで、顔データを勝手に使おうもんなら、即クロフネに乗ったクロオビ部隊が飛んで来るっつぅわけよ」


「今時、顔にだって著作権はあるんです。 特にコーポ関係者は新警察が目を光らせています。 認可コードがなければ、正規のリパーにはまず手が出せません。 だからサイトウ氏の顔を真似ることは絶対に出来ないんですよ」


「うぅむ、いやしかし……確かにあれはワタシだった……!!」


 スーツ姿の男は納得いかなそうに唸る。言葉で揺さぶってみたが、彼の核心は揺るがないらしい。


 ならばと、もう一つの可能性を提示してやる。


「ここの裏手に広がる闇市(ブラックマーケット)なら、新警察も知らない闇リパーがいます。 そこでならば、もしくは……」


「おぉ! やはりあるんじゃないか!!」


「いや、でもよぉ。 言っちゃなんだが闇市(あっち)は腕悪いぜ? そんな新警察(ポリ公)の眼を誤魔化せるほどの精度になるもんか?」


「そう。 それが問題なんです」


「ではワタシの『偽物』はなんだって言うんだね!? 他人の空似とでも!?」


「その可能性も捨てきれません」


「ば、馬鹿にしているのかね!?」


「本気ですよ。 ですが、まずはボクの眼で直接確認してみないことには、なんとも言い切れませんけど」


 そこまで言えば、ボクの言いたいことが伝わったらしい。


 サイトウ氏は死んでいた眼を輝かせる。


「では……!?」


「その依頼、受けましょう。 シャークドック改め、『シャードック探偵事務所』へようこそ。 報酬の細かい話はナツメさんと詰めてください。 ボクはすぐにでも行かなければならないので」


「願ってもない、期待しているとも! もう頼れるのはここしかないのだ! 仲介人(フィクサー)は信用できない、絶対にハンターへ売られてしまう!」


「分かってますよ。 とりあえず、ボクが戻るまではここにいてください。 外でハンターに殺されては困りますから」


「ひぃッ!? も、もちろんだとも……!!」


 情けない悲鳴をあげると、彼はナツメさんの陰に隠れて縮こまってしまった。


「ちょいちょいちょい! マサム姉、どこ行く気だよ!? マイマイはぶっ壊れてオシャカのままじゃねかよ!?」


「ならフカク君が脚になってくださいよ。 バイク、持ってるでしょう?」


「ハァ!? なんでオレ様が!?」


「いいんですか? ボクがこの仕事を終えないと、さっきのツケが払えないんですよ?」


「かぁ~ッ! なんちゅう横暴な姉貴様だよ……ったく、分かったよ!」


 せっかく整えたリーゼントを掻きむしり、フカク君は苦虫を噛み潰したような顔で承諾してくれた。


 もちろん、金を人質に捕れば嫌でも頷くだろうという打算はある。


 それでもなんだかんだと無茶に付き合ってくれるのはありがたいことだ。義姉想いの弟を労うようにポンと肩を叩いてやる。


 すると、しばらく眠っていたコテツが跳ね起きた。


「ニャむ……ニャッ!? マサム! マサム、どこ!?」


「ちゃんといますよ」


「うニャ! 一緒に、いる!」


「おや、困りましたね……」


 椅子を蹴って飛び出すと、コテツは真っ直ぐにボクの身体へしがみつく。


 下手に引き剥がそうものなら、爪を立てて服をズタボロにされそうだ。


「仕方がないですね。 一緒に行きますか?」


「行くニャ!」


「……と、いうわけですので。 フカク君、一名追加です」


「あのなぁ、バイクだつってんだろうが!」


「子供一人くらいいいでしょう、ケチ」


「だぁ、もう好きにしろ! オレ様は知らん! 下で待ってんぞ!!」


 さらに乱れた髪を放置したまま、彼はさっさと降りていく。


 あのリーゼントはストレスのバロメーターなのかもしれない。爆発しないように少しは機嫌を取ってあげようか。

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