File:29 依頼人
「た、頼む! 早く閉めてくれ! 追われているのだッ!!」
【チェック:飛び込んで来た男】
食卓の下へ潜り込んだ男は震える声でそう叫ぶ。
恥も外聞も捨て、とにかくその場を凌ぎたいという切羽詰まった様子だ。
「やはり、急ぎの方でしたね」
あの焦燥具合では、ドアが開いたままでは話も聞けないだろう。
悪意ある武力を防ぐには心許無い扉を締め切ると、わざと聞こえるようにカチリと錠を掛ける。
無駄な行為ではあるが、ようは気持ちの持ちようだ。適度な安堵感さえ与えられればいい。
「なんだなんだ、厄介事かぁ? テメェ、ウチを新警察と勘違いしてんじゃねぇだろうな?」
「造船鮫だろう、表の看板に書いてあったのは知っているとも!!」
【チェック:机の下で震える男】
男の受け答えはしっかりとしていた。
少なくとも、頭のおかしい麻薬使用者ではないだろう。
ナツメさんに危害を加える心配はなさそうだ。
「鍵、閉めましたよ。 いいかげん、もう出てきたらどうですか?」
「そ、そうか……すまない、取り乱してしまった……」
「あら、今日はお客さんが多いのね。 少し待っていてくださるかしら? 椅子をお持ちするわね」
「あぁご婦人、お気遣いなく……じっとしていると落ち着かなくてね。 このままで大丈夫──」
ナツメさんに手を取られて這い出した男は、スーツの埃を落としてから襟を正す。
【チェック:スーツの男】
パリッとしたスーツと眼鏡にネクタイ。この街でもオフィス街方面でよく見られる服装、サラリマンスタイルだ。
社会の歯車はかくあるべきと型にハメ込んだ、息苦しい日本の伝統文化ともいえる。
これだけは何百年経っても変わりがない。
「落ち着きましたか? それで、『追われている』と言っていましたが……お話を伺っても?」
「あ、あぁ……すまない、なにせアイツ等ときたら──」
「きゃぁぁ!! 見つけましたわよぉ~!! ここで会ったが百年目、お覚悟ォ!! フンッ!!」
ボクらの会話を遮り、突如鉄拳が飛び出してくる。
「危ないッ!!」
このビルを殺人現場にでもされたら面倒だ。すかさず脚を払い、スーツ男の頭の位置を落とす。
おかげで間一髪、彼の頭部がトマトのように潰れずに済んだ。
その代わりに、ボクを下敷きにして倒れ込んできたのだが。
「な、なにが……? 世界が、一瞬で引っ繰り返って……? 柔らかいモノが……?」
「あの、どいてもらえますか。 息苦しいので」
「へ……? わッ!? す、すまない!! わざとじゃないんだ、訴えないでくれ!!」
ボクの胸に顔を埋めていたの気が付いた男は、思春期の男子並みに過剰反応して距離を取る。
緊急事態のことなので、ボクも咎めるつもりは無い。
どちらかと言えば、キョトンとした顔で拳を突き出しているゴリラ女の方に文句があった。
「いえ、そもそもボクがやったことですから。 さらに元をただせば、そこにいるバーサーク・ゴリラが血迷ったせいですけど」
「ちょっと!! 『子犬ちゃん』ったら、どういうつもりですの!!」
「それはコチラの台詞ですよ……いきなり何してるんですか」
「お~っほっほっほ! もちろん、『ゲーム』でしてよ!!」
「『ゲーム』? つまり、彼は……」
「ひ、ひぃ……!! お、お前達もハンターなのかッ!? ワタシの首を狙っているのかッ!?」
「賞金首、だったんですか──追われているとは、そういうことだったんですね」
説明を聞くまでも無く、状況が答えを物語っていた。
ハンターを生業にしているG・Gが見間違えるわけも無い。
新警察の配布する『証拠映像』を基に『顔認証』をしているのだから。
この街は顔の割れた犯人が生き残れるほど甘くはないのだ。
「ち、違う!! それはワタシじゃない!! 人違いなんだ!! 本当だ、信じてくれ!!」
「うるせぇですわ!! 犯人はみんなそう言いましてよ!!」
「ストップ、まずは話を詳しく聞きましょう。 判断はそれからです」
「そうよぉ。 あなたは好い子ちゃんだもの、お客様には丁寧にしないと、でしょ?」
「うぅ、叔母様がそうおっしゃるのでしたら……仕方ありませんわ……むぅぅ」
G・Gは物凄く不満そうに頬を膨らませ、子供のように不貞腐れている。
その間もわなわなと拳が震えていた。目を離せばすぐにでも暴れ出しそうだ。
「んもぉぉ!! やっぱりワタクシ! このままだと手が出てしまいそうですわ!! ちょっと外の空気を吸わせていただきましてよ!!」
散々場を掻きまわしたG・Gだったが、我慢の限界なのか外へと飛び出していく。
途端に外の喧騒が大きくなり、局所的に治安が悪化しているのがうかがえた。
「あらまぁ……やんちゃねぇ」
「放っておきましょうナツメさん。 あわよくば、お客人を追って来たハンターを追っ払ってくれますし」
「ソイツはいいな。 ハンター共なら家の中だろうが気にせず襲って来るしよ。 ウチがぶっ壊されちゃかなわんぜ」
彼女の暴風のような気性には慣れっこのボクらとは違い、依頼人は面食らった様子であんぐりと口を開けていた。
もしも誰かが止めなければ、表の騒ぎがまるまる自分に振りかかると想像でもしたのだろう。
目の前の非力な男では絶対に敵わない怪力女だ。無理もない。
「ゴホン、続き……いいですかね、お客人」
「つか、聞くも何も、分かり切ってんだろうが。 そのおっさんはオレ様のシャークドックを知ってて来たんだろ? だったら顔を変えてくれって話しかねぇだろうがよ」
「ふむ、確かにそうやって逃げようとする輩がいるとは聞きますが……ボクの予想では違うと思いますね。 そうでしょう、お客人?」
「あ、あぁ、その通りだ。 だいたい、人違いなんだと言っているだろう! なんでワタシが顔を変えなければならない!」
「はぁ? んじゃ、おっさんは何しに来たんだよ? 装甲義体のフル装備で迎え撃とうってのか?」
「ち、違う! だからそういった類の話ではないのだ!!」
睨みを利かせるフカク君にたじろぎながらも、スーツ男は頑なに反論していた。
彼に隠し事や裏があるような素振りは見られず、またそういった事ができるような不誠実さも無い。
念のために義眼機能のフィルターをXレイへ切替え、男の身体を隅々まで調べていく。
【チェック:スーツ男】
見た目のわりに服は安物、透視防止機能も無い。おかげで判断が楽だ。
身体にウェアをほとんど装着しておらず、生身ばかりが目立つ。
目に付くのは頭部から腕部にかけての神経拡張機くらいだろうか。
「この街の住人にしては身体が『綺麗』過ぎます。 とても犯罪を行えるような備えではありません。 彼の言葉は信用して良いと思いますけどね」
「お、おい! 『視た』のか!? 失礼だろう!!」
「ったく、男が視られたくらいで騒ぐなっての。 減るもんじゃねぇだろ。 けどマサム姉がそう言うなら、そうなんだろうな……じゃぁよ、オレ様の客じゃないってことは──」
フカク君がスーツ男から視線を外すと、迷わずボクの方へと眼を配る。
消去法で答えが分かったのだろう。
「だから言ったでしょう。 ボクの、お客様というわけですよ」
「なんだって!? つまり……この女性が噂の『鉄腕探偵』だって言うのかッ!?」
まだ名乗っていないはずなのに、男はボクの通り名を口にした。それこそ動かぬ証拠だろう。
彼は私立探偵に依頼をするため、ここへ来たのだ。
「おや、ボクじゃ不満でしたか?」
「あ、いやすまない……こう、噂ではもっと強そうな見た目なのかと……」
「そりゃそうだ。 どうせなら『敏腕』! だとか、『凄腕』! だとかの方が仕事が来そうなのによ。 そうすりゃツケも貯まらなかったろうぜ」
「余計なお世話ですよ……!!」
「う~ん、私も……マサムちゃんはもっと可愛いのが似合うと思うのよねぇ」
「それはそれで仕事にならないから勘弁してください……」
誰も彼もが、いちいちボクの通り名にケチをつけて来る。そんなに変だろうか、『鉄腕探偵』──
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