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File:25 暴れん坊お嬢様(挿絵)

挿絵(By みてみん)

イラスト作成者:郡山(@koori_yama_160)様

『筋肉ゴリラお嬢様:G・G』

 ガレージを抜けて上階への扉に手を掛けた瞬間。


 壁一枚を突き抜けて、外からでも分かるような特徴的な高笑いが耳へと届く。


「お~っほっほっほ!!」


(このバカの極みのような声、まさか──)


 胸騒ぎがする。絶対に面倒なことになる予感がビンビンに立っていた。


 それが分かっているので、ドアノブを引くのが非常に億劫である。


 しかし、ここで引き返したところで余計に面倒な事態へと膨れ上がることも間違いない。


『ガチャリ』


 本当に嫌で嫌で仕方ないが、渋々ながらもドアを開く。


 もしも叶うことなら透明になってしまいたい。誰にも会いたくない。


 そんな願いも虚しく、一番初めに出迎えたのは視界いっぱいの『胸』だった。


「わぷ──」


 まさかこんなに近くにいたとは予想もつかず、ボクはその谷間へとすっぽり埋まってしまう。


「あ~ら、ごめんあそばせ! 『子犬ちゃん』が小さすぎて、気が付きませんでしたわ~!!」


「っぷは……絶対にわざとでしょう」


 暑苦しい肉団子から離れると、男性よりも巨躯の大女を見上げる。


【チェック:何もかもがデカイ女】

 身体もさることながら、胸も声も全てがデカイて邪魔くさい。おまけに、やたらと顔が良いのもムカつく。

 全身を黒い特殊ナノカーボン製のスーツに身を包んでいるせいか、やたらとスタイルが際立っているのも目障りだ。

 腰まで伸びる黒髪も無駄にツヤツヤと光沢を放ち、何処を見ても不愉快になる女である。


「だいたい、朝一から人の家で何をしているんですか、キミ……」


「お~っほっほっほ! 自分の叔母様へ会いに来るのが、そんなに不思議でして? それと! 人の家、とおっしゃったかしらぁ? ウフ、チャンチャラおかしくてヘソで茶が沸きますわ~!!」


 フカク君よりも背の高い女の高笑いが頭上で響く。その度に、キンキンと耳鳴りが酷い。


 既に鼓膜がパンク寸前だというのに、これから何度も聞くことになるかと思うとゲンナリする。


 いったいどんな肺活量をしているのやら。サイボーグだって一歩も引けを取らないだろう。


「ハァ……一応聞きますけど、なにがおかしいんです?」


「あらあらあら! 頭の良いはずの『子犬ちゃん』が分からないようですので、特別に教えて差し上げますわ!! よくって? このビルはナツメ叔母様の所有物! 『子犬ちゃん』はそこに住まわせてもらっている、いわばペット!! ご自分の立場をもう一度よ~く考えあそばせ! お~っほっほっほ!!」


「所有物って、そんな大袈裟な……ただの大家と借家人ですよ」


「おだまりなさって! 色々あったとはいえ、叔母様も高貴な産まれ! 野良育ちの『子犬ちゃん』とは住む世界が違いましてよ! 搾取する者と、される者の間には、絶対的な壁があるのですわ~!!」


 遠回しに、その身内である自分も格上なのだとマウントを取って来る。


 恥もためらいも一切見られない、生粋のセレブらしいブッ飛んだ思考だ。とてもついていけない。


「相手するのも面倒になってきました……そもそも、ここは貧民街付近ですよ。 財閥令嬢が来るようなところじゃないでしょうに」


「財閥令嬢ぉ? はぁて、なんのことやらですわ! ワタクシは『G・G』という名の、ただの通りすがりのハンターでしてよ! 財閥とは、なぁんの関係もありませんわ~!! ナツメ叔母様の可愛い姪っ子でしてよ~!!」


「はいはい、そうでしたね。 いつも疑問なのですが、『偽名』でカモフラージュする意味あるんですか? 今しがた、『自分』で財閥の身内だと白状してたじゃないですか──」


「あら、それはどうかしらね、マサムちゃん」


 ボクが呆れながらツッコミを入れていると、優しい声がそれを遮る。


 声の正体は、部屋の奥の方からひょっこりと顔を出した人影だ。


【チェック:奥から出て来た人物】

 手には御盆を携え、食卓の上へと運んでいる。まるで召使のようだ。

 実際、その女性はメイド服に身を包んでいた。歳の頃はボクより一回り上だが、まだまだ若々しい。

 彼女は『ナツメ』さん。まるで威厳が無いが、このビルのれっきとしたオーナーである。


「あぁ、ナツメさん、おはようございます。 それで、どう……とは?」


「だってぇ、私はもう『アリヨシ財閥』とは関係ないもの。 おばあ様に絶縁されちゃったから。 だから、マサムちゃんの推理はおかしいんじゃないのかなって」


「それは……そうですけど」


 生前の『先生』に付き添い内縁の妻だった彼女。ボクやフカク君にとっては母親同然の人だ。


 そしてあの人と波長が合うだけはあり、おっとりした見た目でありながらも口は強い。


 ボクの一枚上手をいかれてしまい、ここは押し黙ることになった。


 ところが、なぜかそれを援護された側のG・Gが『したり顔』で詰め寄って来る。


「お~っほっほっほ! 大口叩いたわりには、ぜ~んぜん的外れでしたのね! やはりワタクシの作戦は完璧でしたわ! グッド・ゲーム! また『子犬ちゃん』に勝利してしまいましたわ~!!」


「始めから勝負なんてしてないでしょう、勝手に勝たないでください」


「あ~ら、これが本当の『負け犬の遠吠え』というやつですのね! 朝から良いモノを見れて得しちゃいましたわ~!!」


「だ、か、ら……!! ハァ……もういいですよ、それで。 というか、なんでボクが『子犬ちゃん』なんですか」


「おほほほ! それも分からなんですの? ね? 知りたいですの? 知りたいですの~?」


「暑苦しいから、寄らないでください。 ええ、知りたいですよ、だから離れて……」


 青天井に図に乗る能天気女がグイグイと身体を寄せて来た。


 というよりも、もはや当てつけられていた。胸の大きさの自慢までしたいのだろうか、鬱陶し過ぎる。


 人のパーソナルスペースをズケズケと土足で侵略してこないでほしい。


「んも~! 仕方ないですわね~!! と・く・べ・つ・に、教えて差し上げますわ~!!」


「ナツメさんのせいですよ、『コレ』。 助けてください……」


「ウフフ、仲良しなのね~」


 この場で唯一、馬鹿デカ女の手綱を握れそうなナツメさんに助けを求めるも、軽くあしらわれてしまった。


 彼女はボクに世話を押し付け、その間に食卓の上をテキパキ充実させていく。無慈悲だ。


【チェック:ボクへ詰め寄るG・G】

 恐ろしいことに、もはやこのパワフルお嬢様を止める者は無い。

 なにせこの女ときたら、人外じみた馬鹿力なのだ。ボクの『鉄の左腕』でもビクともしない。

 結局、ボクは大型動物にいいようにされる小動物の気分でゲッソリとしながら、為すがままにされていた。


「うぅ……恨みますよ、ナツメさん……」


「それでは、このワタクシが! 頭の良い『探偵』さんに、答えてあげますわ! まず、『子犬ちゃん』のココ! ココに注目ですわ! はい、『子犬ちゃん』! これは何!!」


 離れるどころか、さらにギュウとボクに身を寄せたG・G。


 彼女はおもむろにボクの身体に指を這わすと、ビシリと太ももの文字を指した。


「ボクのトレードマークですね。 『正正一(マサム)』と読むんですけれど、それが何か?」


「ブブーッですわ! これは数字の『11』でしてよ!」


「知ってますよそれくらい……」


「そして、『11』といえば……そう! 11(ワンワン)ですわ! わんわんですのよ! おわかり!?」


「だからなんだっていうんです……」


「わんわんといえば、ワンちゃん! つまり『子犬ちゃん』ということですわ~!! お~っほっほっほ!」


「あぁ、そうですか……良かったですね……」


 答えはすごくどうでもよかった。


 期待していたわけでも無かったが、予想以上にくだらなくて落胆してしまった。


 このまま相手のペースに呑まれていては、ボクも我慢ならない。お返しをしてやろう。


「では、ボクからも一つ。 キミの通り名……『G・G』の意味を考えてあげましょう」


「んまぁ!! 『子犬ちゃん』に分かりまして?」


「任せてください、これでも探偵ですから。 ズバリ……『ゴリラ・ゴリラ』ですね。 別名、ニシゴリラです。 馬鹿力のキミにはぴったりだと思います」


「しっつれいですわね!! 違いましてよ!! 『グッド・ゲーム』ですわ!!」


「おや、違いましたか? 今日は冴えませんね──」


 機嫌を損ねる作戦は成功したようだ。万力のようなG・Gの拘束が緩み、なんとか潰れずに済む。


 だが息を着いたのも束の間、今度は痛みで肩を強張らせることになる。


「まったくもうっ! フンッですわ……あら?」


 G・Gがボクの右脚の傷に気が付いたらしい。

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