File:24 今の傷と過去の傷
「おっし、検診はこんなもんか。 取りあえず穴だけ埋めとくぜ。 その前に消毒すっから、歯ぁ喰いしばっとけ」
「は、ぐぅ……もうやってますよ──あ゛あ゛ぁ……ぅぐ」
右脚に焼け付くような痛みが広がる。
ジンジンと身体の内側から針を刺すような刺激が神経を伝播し、ボクの意識を奪おうと襲い来る。
やがてゆっくりと患部を圧迫されていくのを感じ取った。
【チェック:ボクの右脚の傷】
眼をやると、ホイップクリームのようにドロドロとしたものが流し込まれていた。
自然治癒を促進させるソースコードが埋め込まれた特殊ナノマシン。それを含んだ『肉の素』だ。
後は零れないようにテープで抑えれば、数日で完治することだろう。
「いつもながら、身体に異物を流し込まれる不快感は……ぅ、慣れませんね」
「いい加減、そんな強がらずに装甲義体化すりゃいいのによぉ。 メンテナンスならやってやっから」
「冗談、これ以上は全身義体にでもならないと脳が保たないでしょうに」
「まぁ、マサム姉はもう半身変えてっからな。 最近は無茶な入れ方して暴走するなんて事件も聞くしよ。 けどなぁ、オレ様は義体医だぜ? もっと派手な手術してぇわけよ」
「『リッパー&リッピング」──それが本来のキミの仕事ですもんね」
「おうよ! 生身をぶった切って、ハードウェアをぶち込む! この街で強くなりたきゃ、それが一番の近道よ!」
「そして……そうやって下手な自信を付けるから、油断して足をすくわれる。 よくある話ですね」
「おいおい、営業妨害かよ」
「腕は疑っていないでしょう?」
「そういやぁ、そうか。 なら許す!」
褒められたことで上機嫌になった彼は、優しくテーピングを済ませてくれた。
返答を間違っていれば、今頃は叩き付けられて悲鳴を上げていたところだろう。
時には相手を立てることも身を助けることになるわけだ。
自分の処世術に惚れ惚れしていると、フカク君は声のトーンを落として呟くように語り掛けて来た。
「……なぁ、やっぱ生身は名残惜しいのか? 生身のままじゃ限界があんだろ。 今日だってよぉ」
身体のことは、近しい仲でも触れられたくない話題。
彼の真っ直ぐな視線から逃げるように顔を背け、ボクは頭によぎった幼少期の記憶を辿る。
【チェック:過去の記憶】
ボクが『先生』を失った時のことだ。目の前には『顔剥ぎ』がいた。
ヤツはわざとボクの手足を切り落とし、泣き叫んで動けないボクを人質にしていた。
『先生』は──死ぬと分かっていても、ボクのために、ヤツの言いなりになるしかなかった。
(この身体は、『先生』が遺してくれた大切なモノ。 切り落とすなんて、絶対に考えられないんですよ──)
彼の言いたいことも痛いほどに理解できる。
出来る事ならそうした方が良いなんて、ボクだって何度も思ったことはある。
それでも譲れない想いがボクを縛り付けるのだ。
「────そういうフカク君だって、一切ウェアを入れていないじゃないですか」
「おい、はぐらかすなよ」
都合の悪くなったので、わざとらしく話を切り替えようと試みるが、当然ながら釘を刺されてしまった。
とはいえ、ボクが答えたがらないのを察しているのだろう。あえて話には乗ってくれるらしい。
「第一、オレ様に入れたとしてだ。 もしそのウェアがおかしくなったら、誰が直すってんだ」
「それでしたら、ボクがやってあげましょうか?」
「ハッ、殺す気かよ。 日頃の仕返しが怖過ぎて、絶対に嫌だっつの! それより、まだ答えてねぇぞ」
冗談を笑いつつも、腕を組んだまま治療の手を止めてしまう。
彼の目はいつになく真剣で、とても誤魔化しておける雰囲気ではない。
この眼を見るのはあの惨劇の時以来だ。
【チェック:惨劇の日】
クロオビ部隊が来た頃には、既に『顔剥ぎ』の姿は無かった。
遅れて駆け付けたフカク君は、その日を境にリパーを志した。身体を欠損したボクのためだろう。
実際、成長する身体に合わせて、顔も手脚も彼のお手製のウェアで助けられている。
(分かっています。 キミが死にゆく者よりも、生きる者のために行動してくれる人間だってことを──)
血の繋がりは無くとも、長い付き合いのある家族。危険に身を置くボクのことを心配しているのだ。
流石にその心中を無下には出来ないかった。
「そうですね……顔を……盗られた顔を『顔剥ぎ』から取り戻すまでは──」
「『オヤッサン』を殺ったヤツか……だがよぉ。 あの人は復讐とか望んで無ぇっての。 んなこと、お前が一番よく知ってんだろ?」
「『先生』のことは別です。 顔については、ボク個人の問題ですよ」
「つったってよぉ……あれからロクに手掛かりも掴めてねぇじゃんかよ。 諦めろとは言わねぇが、少しは身の振り方考えろって──」
「いえ……手掛かりなら、ちょうど今日仕入れて来たところですよ」
「なにッ!? 本当なのかよマサム姉ッ!?」
ボクの放った一言で彼の表情が一変する。
復讐は止めろなどと使い古された説教をしつつも、内心では彼だって捨てきれなかった未練があるのだ。
「さっき、ヤツのクローンに会いました。 もう死にましたけどね。 今頃はクロオビ部隊が隠蔽しているころでしょう」
「クローンだぁ……? ニンジャの量産でもする気かよ、ウソ臭ぇな。 んで、どこの馬鹿なんだ、その企業ってのは?」
「恐らくですが、ミュータンテック社でしょうね。 忍びこんで来た帰りに奇襲されたので」
「おいおい、随分とデカイとこにちょっかいかけてんじゃねぇか……」
「禁止されている未成年への遺伝子改造の証拠も掴んでいます。 ニンジャ量産計画は、あながちウソではなさそうですよ」
「つうことは、これでようやく標的が定まったわけか。 あのクソニンジャの隠れ家が割れたわけだ。 けど、あのなぁ……そんな危ない情報握って、よくも無事で帰れたもんだぜ、まったく。 マジでイカれた姉貴だわ」
「ハイリスク、ハイリターンですよ。 おかげで得る物もありましたし。 特に、思わぬ副産物が──」
ボクはそっと二階へ視線を向ける。
コテツという新しい相棒を得られたのは、この依頼でもっとも価値があると言えるだろう。
「つかそれより、金はどうしたんだよ? リターンだよ、リターン! オレ様にもよ! 治療だってタダじゃねぇんだぜ? そんだけヤバい依頼だったんだろ、たんまり稼げたんだろうな?」
「残念ですが、今日はツケてもらうしかなさそうです。 支払いはアオビー君次第ですね」
「ハァ!? かぁ~ッ!! あの青二才に任せて大丈夫なのかよ? オレ様は知らねぇぞ! ツケは構わねぇけど、マケてはやんねぇからな!」
「分かってますよ。 また稼げばいいんです、他の依頼でね」
そこまで言い終えると、目線を下ろして治療痕の具合を確かめる。
ナノマシンが張り切っているのか、患部が熱っぽくて痒い。気になってどうにも落ち着かなかった。
そんなボクを見兼ねてか、フカク君がボクの腕を掴んで無理矢理に引っ張り起こす。
「ほら、治療は終わりだ! とっとと、上がるぞ。 腹減ったぜぇ、なんせ朝飯前だからな」
「どうせ二日酔いのくせに、身体が受け付けるんですか?」
「チッ、いちいち癪に触る言い方すんなって! 金の話を根に持ってんのかよ!」
「冗談ですよ。 来る前にナツメさんへお願いしてあるので、胃に優しいモノを用意しているはずです」
「おっ、そいつはありがてぇ。 早く行こうぜ、肩貸すか?」
「一人で平気です。 キミの造ってくれたパワフルな左脚もありますし」
「おぅ、んじゃ先行ってるぜ」
壁伝いに手をつき彼の背中を追う。
何度となく見た、見慣れた光景。この仕事を続けられるのも彼のおかげだ。
ボクは心の中で静かにお礼を告げるのであった。
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