File:22 タンデム・キャッツ
面倒なことに巻き込まれたせいで、大通りにはすっかり夜明けの朝日が差し込んでいた。
進行方向は危険の見当たらない平和そのもの。スモッグが晴れているおかげだろう。
昨夜は例外として、アレさえ無ければアイコンズを始めとした犯罪者共も大人しいものだ。
あくびを噛み殺していると、目の端に見慣れた街並みが過ぎていく。
どこもネオンとホログラムが雑多に並び、視界に無駄な情報を増やすばかり。
ボクにとっては雑音でしかなく、まともに観察する価値も無い。
しかし、外の世界をまるで知らないコテツは違った。
「マサム! あれニャに!?」
「アレはゴミ収集車──消費ばかり加速する時代ですから、毎朝忙しく走り回っているんですよ」
「ニャッ!? お尻から、ゴミ食べてる! アレ、生きてるニャ?」
「いいえ。 このマイマイと同じ簡易思考、機械だから生きていませんよ。 食べているわけではなく、運んでいるんです」
「はニャ~……」
先程からずっとこの調子。
右を見ては『アレ何?』、左を見ては『アレ何?』と質問攻め。
せっかく用意したパイプの線香も、楽しむ間もなく香りが飛んでしまった。
眠気覚ましのつもりだったが、今は最初の余韻だけが鼻の奥にくすぶっているのみ。
もっとも、コテツの相手をしているおかげでその必要もないから構わないのだが。
「ふぅ……」
別に、対応で疲れたわけではない。子供の相手をするのは初めてでもないのだ。
かといって、彼女に付きっ切りというわけにもいかない。こちらにも都合がある。
「コテツ──少し集中するので、静かにできますか?」
「うニャ! できる!」
「よしよし、お利口ですよ」
子供特有の永遠に続く『なぜなに口撃』。そこへなんとか歯止めをかけることができた。
物分かりの良い素直な子で助かる。以前、ワガママな『聞かん坊』の護衛の時は気を揉んだものだ。
一安心すると、ボクはそっとコメカミへ指を這わせていく。
意識は脳に接続された神経拡張機に集中していき、視界の端にモニターのような画面が浮かび上がった。
画面には『SOUND ONLY』の文字。他にはノイズが奔った黒い背景だけで、非常に簡素な絵柄である。
ボクにだけ見える奇妙なホログラムに向かって、念じるように心の中から語り掛けた。
《ナツメさん起きてますか、マサムです》
《あら、おはよう。 いつ帰っていたのかしら? ごめんなさいね、気が付けなくて》
いつもの視界にポツリと浮ぶ、異物のような黒い画面。
そこから優しい女性の声が飛び出してくる。
《いえ、これから戻るところだったので。 それより、フカク君を叩き起こしてくれませんか?》
《まぁ! もしかして、また怪我したの? ダメでしょ、危ないことはほどほどにしなさいって──》
会話の相手は事務所の大家。
これもまた、いつも通りの決まりったやり取り。
ボクのことを子供同然に可愛がってくれるのはありがたいが、それだけに説教の隙を与えると終わりがない。
すかさず相手の言葉を遮り、謝罪の一言で流れを切ることにする。
《すみません。 あぁそれと、二人分の朝食もお願いしたいのですが……出来れば消化に良いものを》
《あら、フカクちゃんの分?》
《そんなわけありませんよ》
《あらあら、まぁまぁ! ならお客さんね! 用意して待っているから、急いで事故したりはダメよ?》
《ええ、お願いしま──痛ッ!?》
突然、ボクの側頭部が衝撃を受けて、視界が大きく揺れる。
完全に油断していたためか、シェイクされた脳に神経を乱される。そのせいで通信まで強制的に切断してしまった。
エラーの文字が煩い視界を整理する。そのままクリアになった視界で、いったい何がボクを襲ったのかと確認していった。
「な、なんですか……いったい?」
キョロキョロと周囲を見渡しても、誰もいない。
そもそも電動一輪車で走行中なのだから当たり前だ。
では、他に何があるだろうか。推理しようとしたところで、胸の間から声が上がる。
「マサム~? 起きてるニャ?」
「なるほど、犯人はコテツでしたか……」
見下ろすと、少女はとても心配そうな表情を浮かべている。
【チェック:コテツ】
目線を交わすと、彼女の猫耳がピョコリと跳ねた。反応が返ってきたのが嬉しいのだろう。
もしかしたらボクが通信している間に何度かコチラへ呼び掛けていたのかもしれない。
「どうかしましたか?」
「マサムのココ、ピカピカしてたニャ。 それから、動かなくなった! マサム、変になっちゃった?」
そう言って、彼女はボクのコメカミを指した。
見なくとも分かる。ズキズキとまだ痛んでいるのだから、
そこはLEDが発色する、丸い機械が埋め込まれている場所だ。
「あぁ、ニューロナイザーのことですね。 コテツは入れてないから、知らないのも無理はないですか」
「ニャ~ぉニャいざ?」
「噛み砕いて説明するなら、そうですね……ここにいない、『遠くの人とお話する道具』と言えば分かりますか?」
「マサム、寝て無かったの? 喋ってたニャ?」
「ええ、ちゃんと起きていましたよ。 キミには聞こえない声でお話していたところです──途中でしたけど」
「はニャ~! マサム、すごい!」
「いえ、スゴイというほどでは……現代人なら誰でも使えるんですけれど──この子にはまだまだ外の世界の勉強が必要そうですね」
素晴らしい能力を持つ彼女が共に活動してくれれば心強い。そう思っていたが、どうにも課題が多そうだ。
文字通りの箱入り娘だった元実験体だ。無知を責めることは出来ない。
これから少しづつ覚えていけばいい。
『先生』がボクを助手に採った時も、あの人は何事にも寛容で大きな人だったはずだ。
ボクもこの子にとっての『先生』として振舞わなければ。
「とりあえず、コテツ……今度からは猫パンチを止めてくださいね。 キミの力だと、なかなか『効く』んですよ──下手すればノックアウトされそうなほど」
「ニャ? 分かった! コテツ、どうすればいいニャ?」
「でしたら、次からはボクの右手に触れてください。 この掌の肉球もニューロナイザーですから。 人同士が触れあった微弱な電気信号でも、しっかりと感知しますので」
コテツに説明するため、ボクは右手を開いて見せた。
手の真ん中には、手相の代わりに黒いゴムパッドが付いている。
本来はマイマイの運転や、重火器の制御用、その他の端末機器とニューロンを繋ぐためのインプラントだ。
今はコテツに運転を任せているため、こうして手を離せているのである。
「コテツと違うニャ……コテツも! コテツも、コレ欲しい! マサムと、一緒にしたいニャ!」
【チェック:コテツ】
運転しながらも、自分の小さな手と見比べている。
コテツの掌は刀が生えたりするせいか、当然ながらパッドは無い。
そして思う所があったのか、彼女は不満そうな声を上げて騒ぎ始めた。
「残念ですが、子供は無理ですよ。 すぐに成長して、身体と合わなくなりますから。 そもそも、キミの身体の中は『特殊』なようですし……」
「ぶぅ~! コテツも、マサムとお話したいニャ!」
「あぁ、そういうことでしたか。 ふふ、ならあとで子供用の通信機を探してあげますよ」
「ニャ!? ほんと!?」
「いい子にしていたら、ですけどね。 約束できますか?」
「うニャ! する!」
「なら、ちゃんと前を見て運転してくださいね。 さっきから、蛇行が目立ちますので」
夜も明けたばかりで、出勤時間帯ではないからいいものの。正直、見守っていて気が気ではなかった。
それでも舵を譲っているのは、運転に慣れてもらった方が良いと判断したからだ。幸い、手足のように動かす平衡感覚のおかげでスジは良い。
ただし、このままでは飲酒運転を疑われかねない。
安全に点数を稼げるとあれば、新警察が跳び付いて来るので面倒なのだ。
それにまだクロオビ部隊がバタバタしている。変に目立てば、また要らぬ諍いに巻き込まれかねない。
ボク達の身の安全のためにも、彼女に発破を掛けることにする。この子なら、これでやる気を取り戻すはずだ。
「さぁ、もうすぐ事務所です。 『おでん缶』の代わりも用意してもらっていますから、頑張ってください」
「おでん!? コテツ、頑張る!」
「いえ……『おでん』ではなく、代わりの──」
「おでん!!」
「まぁ、いいですか。 ナツメさんのご飯なら、きっと気に入るでしょうし……」
せっかく出したやる気を削ぐ意味は無い。
潔く諦めて、ボクはそのまま道案内だけに徹っすることを決め込んだ。
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