FIle:21 コテツとニンジャ
「見つかってしまいましたか……もっとも、隠し通せるとは思っていなかったですが」
向こうは熱源感知機他、様々な視覚補助情報を拾っているはずだ。
あの手この手で姿をくらますニンジャを相手するような連中に、下手な誤魔化しは意味が無い。
「マサム、どうしたニャ? コテツ、見られてる?」
「大丈夫ですよ。 何もしなければ、今のところは……ですが」
まだそこまで怪しまれてはいない。
アイコンズが馬鹿をやってくれたおかげで、優先度は低いはず。
余計なことをしないで身を潜めているだけならば、ただの民衆の一人でしかないのだ。
隙を見つける時間は僅かではあるが残っている。
とはいえ、いつまでもこうしているわけにもいかないのであるが。
「隊長! ニンジャを発見しました! 死んでいます、また例のクローンのようです!!」
「馬鹿者! その話は暗号通信でしろと念を押したはずだろう!」
「も、申し訳ありません!!」
隊長格の視線が『ニセ顔剥ぎ』の方へ移る。おかげで難を逃れたようだ。
しかし、今はそれよりも彼らの会話の方が気がかりである。
【チェック:クロオビ部隊の言葉】
彼らは『ニセ顔剥ぎ』のことを『クローン』だと確かに言った。
新警察はあのニンジャのことを知っているらしい。それも、何度も遭遇しているようだ。
あの様子だと情報を封殺する気だろう。詳しく知りたいが、今は手の打ちようがない。
「クローン……まさか、『顔剥ぎ』は一人ではないのですか……?」
あまりの衝撃に、偽物の死体を一点に見つめてしまう。
ペリー艦から吊るされたワイヤーに括りつけられ、回収されていく。
艦内へと収納される際、遺体を包むブルーシートから黒い刃が突き出していた。
それを眼で追っていくうちに、ボクはとあることに気が付いてしまう。
【チェック:コテツ】
この子を見つけた時に培養されていたのもクローンだったはず。
そして、この子の武器も黒い刀。伸縮したりと細部は異なるが、かなり類似している。
「あのニンジャと、コテツに──いえ、ミュータンテック社に何か繋がりがある……!!」
「ニャ? マサム、呼んだ?」
無邪気にボクを見上げる小さな女の子。
この子こそボクが今まで血眼になって探し続けていた手掛かりだったのだ。
ならばこそ、なんとしてでも新警察に取り上げられてはならない。絶対に連れ帰る意味が産まれた。
離脱するためにも、まずは『脚』が欲しい。
アイコンズに撃たれて傷を負った今のボクでは、まともにクロオビ部隊を振り切れない。
かといってマイマイを呼ぼうにもネットを開いた瞬間に彼らが検知するだろう。
コテツに担いでもらうにも目立ちすぎる。
どうすればいい。考えた末に、とある疑問が頭をよぎる。
「そういえばコテツ……キミはどうやってここまで戻ったのですか?」
あのポンコツ一輪車は自動で事務所へと向かっていたはず。
かなり速度も出ていたし、飛び降りるにしても擦り傷くらい付けるだろう。それにしてはコテツの身体は健康そのもの。
ボクの知らない所で一体何があったのか。
「ぬぁ? 速いヤツ、乗って来たニャ!」
「まさか! アレはボクの識別信号が無ければ──」
「こうやったニャ! 見てて!」
ボクの言葉を遮ったコテツがそれだけ言い残し、風のように去っていく。
眼で追った先では、彼女が路地裏からマイマ-11を引っ張り出しているところであった。
「本当にココへ戻っていたなんて──」
「んしょ、う~ニャッ!」
コテツの指からジョキリと長い爪が伸びる。
それを機関部へと突き刺すと、ボクの承認も無しにマイマイが起動した。
「ピプ、ピプ──オハ、オハ、ヨウゴザイマ、マママ、ス」
【チェック:マイマイ】
ジャイロが回転する駆動音、それに伴い自立する一輪車。
少し違和感があるものの、簡易思考の定型も話している。
間違いなく電源が入っている証拠だ。
「そんなバカな……本当に起動までするなんて……? もしや──これはハッキング!?」
「起きたニャ! マサム、乗って! コテツも、乗る!」
人が驚いているというのに、コテツはなんてことのないような素振り。
マイマイのシートをポンと叩き、ボクのヒザの上に乗りたいと催促していた。
「こんな技術、いったいどこで覚えたんです……?」
「ぬぁ? 知らなニャい!」
「つまり、物心ついた頃には出来た、と……?」
コテツの身体に隠されていた謎について思案していると、後方が騒がしくなる。
拡声器でブレた声、クロオビ部隊だ。どうやら失言をした部下の叱責が終わったらしい。
「隊長! 子連れの女が一組、現場から逃走を試みています! 確保しますか?」
その一声を耳にした瞬間、背が凍り付く。視界の端に、軍用ライフルの銃口が映っていたからだ。
同時に、ボクはアッと小さく声を漏らしてマイマイを見つめる。
(マズイ、目立ち過ぎました──)
考えてみれば、あの精鋭部隊が動力の熱源に気が付かないわけなかったのだ。
「──ネットは開いているのか?」
「いえ! この一帯で通信があるのは、アイコンズだけのようです!」
「ならば放っておけ、巻き込まれた一般人だろう。 優先順位を間違えるな、まずはこの違法配信者どもだ。 投降した全員の神経拡張機もジャックしろ。 最優先はニンジャに関する情報発信だ。 徹底的に抜き出し、配信サイトからも完全検閲だ」
「ラジャ!」
一瞬、死を覚悟したのだが──なんとか見逃された。やはりネットを開かなくて正解だったらしい。
だからといってホッとしている暇は無い。
ボクはコテツの手を借りながらシートへ跨ると、彼女をヒザに迎えてハンドルを握った。
とはいっても、ハンドルは言うことを聞かない。いくら引いてもまったくレスポンスが無いのだ。
「ここまで完全に掌握しているとは──コテツ、動かせますか?」
「うニャ! できる!」
『ブロロロ──』
コテツが爪をチョイチョイと動かすと、電動一輪車が死体をスイスイと避けながら走り出す。
その仕草はまるで大昔の『盗んだバイクにエンジンを掛ける』ようだった。古典映画でも見ている気分である。
この子のハッキング方法は、手段も、技術も、運用さえもまるで聞いたことが無い。
だが目の前でこうも見せつけられれば嫌でも信じざるを得ないだろう。
「興味が尽きないですね、キミは──そこ、曲がって」
「うニャ!」
しばらくコテツに指示を出していると、路地の奥から喧騒が聞こえて来る。
クロオビ部隊が睨みを利かせる地域の境、その封鎖エリアを示す立ち入り禁止のホログラムが浮んでいた。
視界の先には道を隅から隅まで覆い尽くす『電子の壁』。
それに気が付くとコテツは心配そうに顔を上げ、彼女の猫耳がボクの肌をくすぐった。
「マサム? アレ、痛いかニャ?」
「大丈夫。 ただの映像ですから、そのまま突っ込んでください」
「うニャ!」
ボクらを乗せたマイマイが勢い良くトラ縞のホロに接触するも、まるで抵抗もなく通り過ぎることができた。
交錯する一瞬だけホロの映像がチラついたが、それだけ。
警告が鳴ることもなく現場を離れることに成功する。入る分には煩くとも、出ていく分にはザルらしい。
「ニャは~! スゴイ! マサムの、煙と同じ! 触れなかったニャ!!」
「ホロなんて街中に沢山あるんです。 アレくらいで驚いていると、これから大変ですよ?」
「はニャ~、たくさん!? コテツ、早く見たい!」
「それは、あとにしましょうか。 先ずは帰りましょう。 キミの新しい家に──」
「うニャ! 帰る! コテツのウチ……ウチ?」
「おでんを食べている時に、来るかどうか確認したでしょう? ボクの相棒として、キミには期待していますからね」
「ニャッ! そうだった! コテツ、マサムと一緒! ニャふ~!」
上機嫌な少女に運転を任せると、ボクはキセルを取り出し線香を蒸かす。
もうもうと立ち昇る煙が風とともに鼻腔へ潜り、血の匂いで麻痺した嗅覚をリフレッシュさせていく。
『いつもの香り』が緊張し続けていた思考を解し、頭の中が洗い出されていくような気分に浸らせてくれた。
【チェック:コテツの不思議な力】
まるで自分の手足のようにマイマイを操作している。神経を直に繋いでいるかと思う程。
きっとこの子ならばどんな電子ロックも外せてしまうのだろう。
コテツの捕まっていた部屋に、その手のロックが無かったのが証拠だ。
(ボクの左脚よりも、よほど魔法の鍵ですね──)
企業がこの力を使って何を企んでいたのか、考えたくもない。
悪意があれば、どんなセキュリティであろうが紙屑同然と化すのだから。
それでもボクとコテツはあの巨大な闇に立ち向かってしかないだろう。
ボクの追っている本物の『顔剥ぎ』、ひいてはこの子を追う企業からの『真の自由』に繋がるのことなのだから──
第三章はここで一旦終わりです!次回からはなんだか騒がしい雰囲気!応援お願いします!!
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